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1978年熊本生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、2004年に日本の路上生活者の住居を収めた写真集『0円ハウス』をリトルモアより刊行。2006年カナダ、バンクーバー美術館にて初の個展、2007年にはケニアのナイロビで世界会議フォーラムに参加。2008年には、隅田川に住む路上生活の達人、鈴木さんの生活を記録した書籍『TOKYO 0円ハウス 0円生活』(大和書房刊)。さらに2009年、自身も実際に多摩川で生活した経験を持つ。2010年8月には新著「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」を出版予定。
Contact 坂口恭平 URL:www.0yenhouse.com E-Mail: kyohei88@0yenhouse.com |
路上生活者の家々を撮影した写真集『0円ハウス』で注目を集め、近年は、執筆活動、トークイベントや講演、美術館での作品発表などを中心に、既存の建築家の枠組みから逸脱した特異な活動を加速させている坂口恭平。都市空間を覆うさまざまな次元のレイヤーを読み解き、ひとりの人間から生まれるパーソナルな空間や建築のあり方を追求していくことで、現代建築が抱える矛盾を鋭くえぐり出す彼に話を聞いた。
Text:原田優輝
建築に興味を持ち始めたのはいつ頃からですか?
小学生のときの夢が建築家でした。当時、普通の3DKくらいの団地に住んでいたのですが、自分だけの空間というのがなかったんです。だから、学習机の足元の隙間にテントのような空間を作って、そこで寝たり、ご飯を食べたりしていました。マンションへの憧れのようなものもあって、新聞チラシのマンションの図面に垂直に線を引いて立体的にして遊んだりもしていました。そうした空間にまつわる作業を子供の頃からやっていたので、それなら建築家という職業があるということを親に教えてもらったんです。
その後も建築への思いは抱き続けてきたのですか?
その後しばらく建築のことを考える機会は特になかったのですが、大学では建築学科にいきたいとは思っていました。その頃から、図書館に行って建築雑誌なんかを見るようになったのですが、そこに載っているような建築は、自分にはあまり魅力的に映らなかった。その当時は、ポストモダン以降の小洒落た建築ばかりだったのですが、自分が興味を持っていたのは、小学生の頃に机の下に作った空間のようなものだったんです。ただ、あるとき、建築雑誌のバックナンバーで、「幻庵」という70年代の建築を見つけて、それに衝撃を受けたんです。
どんなところに衝撃を受けたのですか?
雑誌に載っていたほかの建築は、自分の空間や建築への思いと全然つながらないものだったんです。でも、幻庵には、自分が子供の頃に机の下に作っていたものと通じるような幼少期の原初的な思いのようなものを感じたんです。現代建築でもこういうことができるんだと。それを作った建築家が石山修武という人で、早稲田大学の教授をしていることを知って、そこに進んだんです。


従来の西洋建築と、坂口さんの考える建築には大きなギャップがあったんですね。
小学生の頃から、街を歩いていて出合う建築にはあまり興味がありませんでした。でも、うちのおじいちゃんの家だけは違って。平屋なんですが、大工さんに頼んで中二階みたいなものを作ってもらったりしていたし、トラック会社をやっていたこともあり、車庫の天井が高かったのですが、車が出ていくと、天井からブランコを下ろして遊べたりして。その空間には、自分が机の下に作ったテントと通じるものがあったんです。あと、子供の頃は朽ち落ちた空き家のような建物に興味がありました。自分が住んでいた団地というのは、ある意味去勢された清潔な空間だったんですが、その裏には全然違うものがあるということを感じていて。
空き家のどんなところに面白さを感じていたのですか?
身近にありながら誰にも見向きもされない空間というものに興味を抱いていたんです。そこには冒険心のようなものも多少はあったのですが、なによりも街を違う形で遊ぶということに関心を寄せていたんだと思います。例えば、自分の家の周りで宝探しゲームなどもしていたのですが、それも都市に物を置くことで、そこが一瞬にしてジャングルみたいになると感じていました。都市空間にはたくさんのレイヤーがあって、その人の価値観によって空間は増えていくと思うんです。そういう考え方の萌芽みたいなものがこの頃からあったんだと思います。

「Solar Zero Yen House」
大学の話に戻りますが、石山さんのもとではどのようなことを学びましたか?
自分の考えが間違っていなかったということが確認できたし、自分なりの方法論を見つけることができました。ある時、石山さんから「都市の再生」をテーマにした課題を出されたんです。お題は、具体的に場所を指定して、そこをリノベーションするというものでした。それで、都内の古い公団の貯水タンクに無断で忍びこみ、そこで生活をする様子をドキュメンタリー映像として撮影しました。建築学科の課題としては規定外のものだったかもしれませんが、石山さんは、これからの建築には自分が考えているようなことが重要だと言って、もっと突き進めと方向性を示してくれたんです。それまでの他の先生の課題では、例えば3階建ての建築を作るというようなものがあったのですが、僕はそこで「なぜこれを建てなきゃいけないんだ?」という疑問を持ってしまうんです。本当はもっと小さくてもいいかもしれないし、既存のものを建て替えればそれですむかもしれない、と。


「Living In a Watertank」
その後に取り組んだ卒業制作が、後の「0円ハウス」につながっていったそうですね。
はい。多摩川の竹林に家を作って20年生活している路上生活者の人がいて、その人はもはやホームレスという概念ではなく、自分の価値観をもとに都市の隙間で生活をしていたんです。興味を持ってさらに調べていくと、ソーラーパネルで自家発電をしている人なんかにも出会って。彼らは、小さな空間だけど、とても効率の良い暮らし方をしていた。そういう家を調査していくなかで、自分が子供の頃に抱いていた考えの解像度が上がっていく感じがしました。その路上生活者の家を調査した手製本を卒論で発表して、それが『0円ハウス』の元になったんです。
大学を卒業をする頃には、建築事務所に就職したり、自分で建築事務所を立ち上げようという思いはなかったのですか?
就職する気はなくて、完全に独立をして、自分の考えを伝えていきたいという無謀な思いだけがありました。でも、自分のやっていることは間違いないと確信しつつも、それが社会にどう結びつくかということは想像できていなかったですね。とはいえ、自分が考えているものこそが本来の建築であって、既存のシステムの下に成り立っている現代の建築は、僕からするとアラが見えると感じていました。例えば、自分の土地を持たないと家が作れなかったりするいまのシステムというのは、権力と付き合っていくことでしか成立しないんです。でも、こういう根本的な疑問には、建築家は答えてくれない。たとえ彼らがぼくの考え方に同調したとしても、それを言ってしまっては仕事として成立がしなくなるわけですからね。


(左)「Dig-ital」、(右) 「Cubizm Reading」
それは、これからの建築が抱えるひとつの課題と言うことができるかもしれません。
例えば、いまはリノベーションということがキーワードになっていますが、今のリノベーションというのは、それまでつまらなかったものをオシャレなものに変えて、高く売るという考え方なんです。それは結局、商品化の道をたどっているだけで何も変わっていない。僕がやりたいことはそういうことではなく、空間を認識する思考を設計していきたいんです。仮に自分が何も建てなくても、アイデアがみんなに伝わっていって、都市にはもっと違う空間の使い方があるということをみんなが認識してくれれば面白いと思うんです。それがどこまで可能なのかということを突き詰めていきたいんです。
究極的には、”何も建てない建築”ということになっていくのですか?
完全にそういうことではなく、土地もお金もなくても家は建てられるという可能性を、実践としてもやれたらいいなと最近は考えています。いま社会で起こっている色々な問題の根源的な部分は、自分たちが家を失っているところにあるんじゃないかと思うんです。自分の家がないということが、人々に精神的なゆさぶりをかけている。路上生活者の人たちと接するなかで、家だけではなく、その背後にある営みについても考えるようになりました。彼らにとって、生きるということと、家を建てて生活するということは、とても密接なものなんです。自分で自分の生活を作るということは、生きるということが何なのかということに気づくきっかけにもなる。家だけが可能性ではなく、営みとしてそれを考えていくことで、自分の生き方や稼ぎ方というのは変わってくると思うんです。
個々の営みから建築を考えるというのは、例えば巨大な集合住宅のように、先にハコを作り、そこに人を入れていくという現代のメインストリームとは対極にある方法論ですね。
そうですね。路上生活者の人たちは、自分の皮膚に近い感覚で家を作っているんです。だから、「4畳半が狭い」とか「8畳が広い」という概念ではなく、自分にとって最適な空間ということだけがポイントなんです。でも、自分の権力や欲望に応じて土地や空間を所有するということが、多くの人の考え方だったりもする。その辺はこれからもさらに突っ込んでいきたいと思っています。

最近は本の執筆や講演などが多く、もはや建築家というフィールドからは逸脱しつつありますね。
自分がやってきたことは、もともとがそうなんです(笑)。最近は、美術作品を作ることもあまりやらなくなっています。もっと人前で話をしたり、何かを書いたりという活動を先鋭化させていった方が面白いかなと。もともとは建築から始まっていますが、少しずつ色々な問題に気づいていくことで、既存の建築というところからいかに抜け出していくかということを考えるようになっていったのかもしれません。別に既存の建築を完全に否定するわけではなく、僕は違うやり方というのを見せていきたいなと。
まもなくリリースされる新著『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』について教えてください。
都市空間をサバイブするためのHow To本を書きました。路上生活者らのフィールドワークから得られた情報などをもとにして、都市には無数に入り組んだ空間というものがあるということを伝える本になっています。自分たちがお金を払っているのは、ごく限られた世界でしかないんです。もっと思考の実験をしていくことで、生き方の余白が作れたり、何かしらの希望を見せられたりできると思うし、それによって自分なりの自由が手に入るかもしれない。自分では、これは革命について書いている本だと思っています。例えば、月に最低20万円ないと生活できないと思っている人も多いけど、実際には月に3万円でお釣りがくる生活をしている人もいる。それ自体が僕にとっては革命なんです。資本主義システム自体を変えなくても、自分なりの自由を手にすることはできる。そういうことを感じてもらえたらいいなと思っています。
そうした思考の実験が、机上の空論に終わらず、強い説得力を持っているのは、坂口さんが重ねてきたフィールドワークの賜物だと思います。
僕は色々な思想書や哲学書、建築書を人一倍読んでいるわけではないですし、そこが弱さや甘さでもあると思っています。でも一方で、それは誰かに話を聞けばいいとも思っています。それよりも自分がやりたいのは、自分の考えの解像度を高めていくこと。興味本位で始めた路上生活者の人たちの調査もそうですが、自分にはそういうストリート感のようなものがある。ぼくはずっとそういう生き方しかしてこなかったですからね。路上で見つけた一つひとつのことを地道に掘り下げていって、そこで感じ取ったものを自分の骨や肉にしていくことで、高い知性を手に入れることもできると思うんです。

Information
坂口氏による新著『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』は、8月3日に太田出版より発売予定。

























