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THE TOKYO ART BOOK FAIR 2010
Date: 7月30日~ 8月1日
Location: 3331 Arts Chiyoda, Vacant

ZINE’S MATE主催の「THE TOKYO ART BOOK FAIR 2010」が、3331 Arts ChiyodaVacantの2会場で開催される。240を超えるインターナショナルな出版社、ギャラリー、アーティスト、ブックショップが参加する日本で唯一のアートブックフェアとなる。

HIFANA New Album release
Date: 7月28日

HIFANAによるオリジナルフルアルバム『24H』がリリース。「1日:24時間」というコンセプトのもと、朝起きてから寝るまでに起きる様々なことをテーマに制作された12曲と映像作品12本をCDとDVDに収録。大原大次郎ファンタジスタ歌麿呂など多数のクリエイターが参加する。

オノデラユキ「 写真の迷宮(ラビリンス)へ」
Date: 7月27日~ 9月26日
Location: 東京都写真美術館

パリを拠点に世界的な活動を続ける写真家オノデラユキの個展『写真の迷宮(ラビリンス)へ』が開催中。初期代表作に東京都写真美術館新収蔵作品「Transvest」、「12speed」を加えた9 シリーズ約60点が展示される。

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SHUNJI IWAI | 岩井俊二 | Film Director
岩井俊二 1963年宮城県生まれ。ミュージック・ビデオの監督としてスタート。多数のTVドラマや、ビデオ作品、CMの脚本・監督で、“岩井美学”と呼ばれる映像美を打ち出し名声を確立。「if もしも 打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」(93)で、TVドラマとしては異例の日本映画監督協会新人賞を受賞し、映画界に進出。劇場用長編デビュー作『Love Letter』(95)は、アジア各国や米国でも公開され、『スワロウテイル』(96)、『四月物語』(98)も国内外で評判を呼ぶ。その後の作品に、『リリイ・シュシュのすべて』(02)、『Jam Films』(02)の1篇『ARITA』、『花とアリス』(04)、『市川崑物語』(06)など。近年、プロデュース作品としては『ハルフウェイ』(09)、『BANDAGE バンデイジ』(10年)など。

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ニューヨーク、アイ ラブ ユー
URL:www.ny-love.jp
『ニューヨーク、アイラブユー』
(2010/IMJエンタテインメント+マジックアワー) (C)NY5,LLC-All Rights Reserved.
『花とアリス』(2004/東宝)
(C)2004 Rockwell Eyes・H&A Project
『Jam Films/ARITA』(2002/アミューズピクチャーズ)
(C)2002 SEGA/AMUSE
『リリイ・シュシュのすべて』
(2001/日本ヘラルド映画)

「岩井美学」とも称されるリリカルな映像世界で世界中にファンをもつ岩井俊二。近年はプロデューサーとしての仕事も目立ち始めた彼の、4年ぶりの監督作が公開される。それは、『パリ、ジュテーム』製作チームが舞台をニューヨークに移して製作したアンソロジー、『ニューヨーク、アイ ラブ ユー』。世界から11人の監督が参加した本作に、岩井は唯一の日本人として参加。現在は新作の脚本を準備中という彼に、『ニューヨーク〜』について話を聞いた。すると、新たな創作のステージを目指している岩井俊二の“今”が浮き彫りになる興味深い話を聞くことができた。

Text:須永貴子


まず確認したいのですが、岩井さんは現在アメリカのロサンゼルスに暮らしているそうですね。

はい。4年くらい前から。

それはなぜですか?

誰もが思うことかもしれないけれど、20代の頃から、海外で暮らしてみたい、日本の外で仕事をしたい、と思っていたんです。25歳の頃には、本格的に英語を勉強しようと思って英会話スクールにも通い始めました(笑)。それが、たまたま映画を撮り始めてしまって、足踏み状態になってしまった。ずっと「どこかで一区切り付けないと」と思っていたけれど、なかなか踏ん切りがつかなくて……。『リリイ・シュシュのすべて』が完成したときが区切りかなと思ったけれど、『花とアリス』を撮ることになってしまった。それは自分で思いついたことだし、やりたいことだから、やりました。それが終わったときに、「いい加減行かなきゃ」と引っ越しました。言ってしまえば、人生設計にあったことを実行しただけなんです。

L.A.という街を選んだのは、映画産業がさかんだからですか?

作品の仕上げで何回か行ったことがあったので、友だちがたくさんいるというのが大きな理由です。もちろん、映画のメッカというのも理由のひとつです。世界最先端と言われるものがある場所なので、ここで映画がどう作られているのかは知っておいた方がいいかなと思って。個人的には、ハリウッド映画的なものを作りたいわけではないですが。

たしかに、岩井作品とハリウッド映画の親和性は低いですね(笑)。

ええ(笑)。あくまでも「入口」的な場所として捉えています。でも、行ったら行ったでインディペンデントのフィルムメイカーもたくさんいて、さすが映画の街という感じで面白いですよ。知り合いも増えて、マニアックな映画もたくさん紹介してもらってます。

岩井俊二

L.A.に移ってからは、プロデューサーや脚本家として、『ハルフウェイ』や『BANDAGE』などの邦画に携わっていますね。あと、ミュージックビデオのディレクターなども。そして、いよいよ初めての海外での監督作となるのが、『ニューヨーク、アイ ラブ ユー』です。参加した経緯を教えてください。

プロデューサーのエマニュエル・ベンビイから「こういうプロジェクトがあるのでやりませんか?」というメールを頂いたのが始まりです。純粋に面白そうだったので、「やります」と返信しました。エマニュエルとは面識があるかないかよくわからなくて、「そういえばバーで飲んでいたときに映画製作をしているフランス人に会ったなぁ」と思って本人に後日確認したら、別人だと言われました(笑)。

プロデューサーは「岩井作品」のファンだったんですね(笑)。そこからのプロダクションについて教えてください。まずは脚本作りですよね?

はい。その脚本作りが割と大変で……。ストーリーと関係ないところで、少しずつ修正が入ってくるんです。例えば、12月の設定で書いていたら「春にしてくれ」とか、ジョン・レノンをフィーチャーした内容を、「権利的に難しいからやめてくれ」とか。そういうことで何度もメールでやりとりをして、なかなか進みませんでした。スタッフは製作チームが用意してくれました。ロスにも何人か候補者がいたけれど、渡航費が出ないといった事情で実現せず(笑)。スタッフとの事前打ち合わせはひたすらメールのやりとりです。照明や音声、ロケーションといった各部から質問や確認のメールが届き、それにひたすら答えていきました。そして、現地入りしたのはクランクインの一週間前。向こうは僕以外にも10本の作品を工場のように作っているので、そこに乗っかっていく感じでしたね。

ダコタ・ハウスが象徴的なロケーションになっているのは、もともとはジョン・レノンがベースにあったんですね。

そうですね。ニューヨークには最長で1ヵ月くらい滞在したことはあります。セントラル・パークに近い、ハーレムの南の辺りでした。マンハッタンなら多少土地勘はあったけれど、それほど詳しいわけじゃない。だから、「どのエリアの物語にする?」と言われても「どこでも撮れるよ」というのが正直なところでした。「じゃあハーレムで」と言われて、ハーレム担当になりました。撮り終わってからのほうが、撮影で知り合ったカメラマンやライターに飲みに連れて行ってもらって、だいぶニューヨークに詳しくなりました。本当に町並みがヨーロッパ的で美しい、世界であそこにしかない街です。人もとても面白かった。ニューヨークの人って知らない人には会釈もしないし、スノッブと言えばスノッブでしょうけど、実際に仕事してみると人がいいし、一度知り合うと結構飲み歩くんです。まずブルックリンで飲んで、地下鉄でマンハッタンに移動して飲んで、またブルックリンに戻って飲む(笑)。そういう飲み歩きを平気でしてしまう、濃い人が多かった。いまだにメールもくれますし、ニューヨークは住みたい街ですね。もしも今「どこで撮りたい?」と聞かれたら「ブルックリン」と答えます。

そしてキャスティングは、オーランド・ブルーム主演、クリスティーナ・
リッチが相手役という豪華すぎるメンツです。

岩井俊二製作チームも僕も、こんなビッグスターを集める気はなかったけれど、『パリ、ジュテーム』の影響もあって、意外といろいろな人たちが乗ってきてくれたみたいです。映画のサイズが大きくなるのはこういうことか、とひしひしと感じました。だからといって、撮影への優遇はまったくありませんでしたけど(笑)。ロケ日数も予定通り2日だし、予算も一緒。あんな大物を二人も使うんだから、もっと時間をかけて撮らせてくれたらいいのに(笑)。オーランドは日本人の知り合いが多くて、僕の映画も観てくれていたんです。「オーランドがやりたがっている」という話があって、僕が直接会って、すんなり決まりました。クリスティーナはオーランドと同じエージェントということで、候補として名前があがってきたんです。出番が少ない役だけど、やってくれるならぜひ、ということでお願いしました。キャスティングの段階で、アメリカでは日本にはないミーティングの習慣があるんです。俳優に監督が直接会って、作品のことを説明する、ひとつの儀式のようなもの。その時間を割とみんな大切にしているんですよね。ブッキングまではエージェントがするけれど、ミーティングには俳優が一人で来ます。今回は、喫茶店に二人とも一人で来ました。撮影にも一人で来ますし、日本よりも俳優が自立している気がします。

ミーティングではどんな話をしましたか?

オーランドは、彼が作品をどう思うか、自分の役をどうやりたいかという提案でした。ものスゴくやる気を感じました。わずか7分くらいの話なので、当日現場に来てもらえばできちゃうな、と思っていたんですけど、そのミーティングから撮影までの2週間、オーランドから頻繁に電話がかかってきました。「家に来てくれ」と言われて行くと、一生懸命練習して、意見を聞きたがる。とても熱心で、アグレッシブな人でした。クリスティーナはもうちょっと冷静なタイプですね。彼女にはミーティングで、僕が描いたストーリーボード(絵コンテ)を映像にしたものをPCで見せました。口頭でストーリーを説明する自信がなかったので(笑)。彼女はそれをスゴく喜んで「やりたい!」と言ってくれました。彼女はほとんど声だけの出演で、顔が出るのは最後だけ。「そのシーンの撮影のときにまとめて声も撮ろうか?」と提案をしたら、「オーランドが2日間ずっと演技しているんだから、私も現場にいた方がいいわよね」と言ってくれました。スゴく嬉しかったけれど、現場でフッと横を見ると、撮影のないクリスティーナが居る。「もったいないことをしてるなあ…」と惜しくなりました(笑)。

岩井俊二

完成した作品をご覧になって、他の監督のパートはいかがでした?

それぞれ面白かったですよね。スカーレット・ヨハンソンの監督作は、すごく良かったですよ。でも、全体にマッチしなかったということでカットされちゃったんですけどね(笑)。

浮いていました?

いや、僕はそうは思わなかった。逆に、スゴく良いアクセントになっていて、個人的な意見としては、カットしない方が良かったと思います。これはアメリカのシステムなんですけど、「スニークプレビュー」といって、一般の人にアンケートを採るんです。どこで飽きたかといったことを延々調べる。その結果、彼女の作品ともう1本がカットされてしまった。台詞がなかったのがダメだったのかもしれないけれど、その試写の場所がなぜかL.A.だったんですよ。しかも片田舎。プロデューサーにとっては一般のアメリカ人にウケることが大事なのかもしれないけれど、アート色の強い2本が見事にはねられてしまった。せっかくニューヨークの映画なんだから、ニューヨークでやればいいのにね。

英語の脚本を、英語で演出したことの難しさや発見などを教えてください。

脚本に関しては、やはりかなり難しいです。できるだけ日本語で考えないようにしなきゃいけないけれど、英語という言語の特性として、日本人から見るとどうしても台本上では長く見えるけれど、俳優に言ってもらうと、体感的にはほんの一瞬だったりする。その勘所を掴むのはなかなか難しいですね。演出は、通訳さんもいましたが、スタッフワークが素早く展開していくので、「こういう風にしてくれ」と自分で英語で指示しました。ただ、スラング混じりの英語でブワーっとまくし立てられると、よくわからないときもあります。そこで「もう一回言って」と言う時間はないので、撮影中は主に、スタッフの質問やリクエストを通訳さんに訳してもらっていました。みんながCNNのキャスターみたいにクリアな英語で話してくれればいいんですけど、とんでもない速さのスラングですからね(笑)。

岩井俊二

今回の作品は、アメリカで映画を撮るための布石でしょうか? 今後、岩井さんがどう動くのかが気になります。

昔から、アメリカに限らず色々な国でやりたいという思いがあります。そのためにどうしたらいいんだろうと見聞した結果、僕は自分の作りたいものを作るだけだから、まずは脚本を書かないことには始まらないという答えに行き着いた。この4年間は、ほとんど脚本作りに費やしました。でも、そこにはジレンマがあるんです。脚本作りに没頭すると、人と会わなくなるから英会話が上達しない。だからと言って人と会っていると、脚本が進まない(笑)。

たしかに、それは相当なジレンマですね(笑)。でも、ひとまず短編とはいえ英語の脚本を英語で演出した今回の経験は、岩井ファンにも朗報だと思います。

たしかに、日本人以外と、日本語以外の言語での初仕事をじゅうぶんに楽しめたことは大きいですね。

そもそも、岩井さんはどうして日本以外の場所や言語で映画を撮りたいのですか?

それは、自分は『スワロウテイル』みたいに、あまり言語に頼らないものを作りたいからなんです。映像を作る立場として、「音を消して観ても感動した」と言われるのがひとつの理想型なんです。どうも“台本上手”になってしまったところがあって、日本語の会話を巧みに操る方向に向かっていく自分に危機感があって、それを壊す意図のもと、『スワロウテイル』を作ったんです。それ以降は、会話に凝らず、ある意味、日本語を放棄したつもりです。結局は、人間の行動がまずあって、それに言語が付いてきているはずだから、日本語だとこう言うけれど、英語だとこう言う、だけどそのどちらでもない、というところをくぐり抜けた映画を作りたいんです。「だいたいこんな感じなんだけど、中国語ではなんて言ったらいいか僕にはわからないから、役者さんが適当に台詞言ってよ」というのが僕の理想なんです。最近は日本語で書く脚本も、だいたいのことを伝えて、そこを適当にしゃべってもらって、自然な言葉を引き出す方向です。それを他の言語でもやれるかどうかという実験状態です。これから先、自分の理解できない台詞が行き交う映画を自分で作るとなると、「俺はいったい何をやってるんだ?」と、時々不思議に思うことはあります(笑)。

それは、より本質的な何かをつかみとって、表現したいのだろうなと思います。おもしろい実験ですね。

それが良いことなのか、悪いことなのか……。でも、実験できるチャンスに恵まれていることは、スゴくありがたい。人それぞれ、ある場所で何かをしているわけだけれど、その先に可能性やチャンスを見出せて、それにチャレンジできる状況が本当にありがたいことだなと思うんです。日本を離れるにしても、もしも親が大病していたらできないけれど、うちは幸い元気だし、引き留められる要因がないんです。だから、「ありがたい」と感じられるうちは、可能性がある限り挑戦しようと思っています。臆病にならないためにも、あまり深く考えないようにしながら(笑)。



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