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85年長野県生まれ。写真家。2006年、キャノン「写真新世紀」グランプリ、エプソン「カラーイメージングコンテスト」準グランプリ受賞。これまでの主な個展に、「GROUND」(2009/TARO NASU)、「laboratory1:」(2007/東京都写真美術館)、グループ展に「VOCA展2009」(2009/上野の森美術館)などがある。この秋、「GROUND」「MID」の2冊の写真集を赤々舎より同時刊行する。 Contact TARO NASU URL:cozuetakagi.com, www.taronasugallery.com E-Mail:info@taronasugallery.com |
大学在学中の2006年、キヤノン「写真新世紀」グランプリ、エプソン「カラーイメージングコンテスト」準グランプリをダブル受賞し、華々しいデビューを飾った高木こずえ。デジタル技術を駆使したフォトコラージュ作品など、既存の文脈に収まらないアプローチで、写真、アートの両分野から注目を集めている写真家だ。そんな彼女が、今年発表した新シリーズ「GROUND」と、これまでに撮りためてきたストレートフォトをまとめた「MID」という2冊の写真集を同時刊行する。これにより、ますます注目度が高まりそうな気鋭写真家にインタビューを行った。
Text:原田優輝
写真を始めたきっかけを教えてください。
高校に入って、友人に誘われたのがきっかけです。絵は小さい頃から好きで描いていたのですが、写真はそれまで特に興味ありませんでした。高校で写真部に入ってからは、父親から一眼レフをもらい、モノクロで撮影を始めました。でも、その写真部もあまり活発に活動をしていなかったこともあり、その頃はまだあまり力を入れていませんでした。お母さんが小学校の先生だったので、小学校で子供を撮ったりということをしていた程度です。その他に撮っていたのも、ほとんどが人でしたね。
本腰を入れてやるようになったのはいつ頃からですか?
大学に入ってからです。写真学科に進み、周りもみんな写真をやっているような環境だったので。そういうところに入ってしまえば、結構がんばれる子なんです(笑)。大学2年の頃にフィルムスキャナーを買ったのですが、その頃からだいぶ精神的にも表現的にも自由になりました。それまで学校で教わっていたことは、モノクロフィルムで撮影し、それを現像・プリントするということがほとんどで、もちろんそれは今でも役立ってはいるのですが、スキャナーを手に入れたことで、「もっと何でもやっていいんだ」と思えるようになったことが大きかったですね。

「grain」(2009)
© Cozue Takagi Courtesy of TARO NASU
これまでに影響を受けた写真家はいますか?
好きな写真家は、ロジャー・バレンです。彼はアメリカ出身の写真家で、今は南アフリカで現地の人々などをモノクロで撮っているのですが、その写真が好きなんです。最近、昔に撮った写真を見返す機会があったのですが、写真を始めた15歳の時に家族で旅行したオーストラリアで撮った写真が、ロジャー・バレンの写真にちょっと似ているかもしれないと思ったんです(笑)。その頃に撮っていた写真が、私の原体験になっているのかなと最近ふと思いました。
昔の写真を見て、どのようなことを感じられたのですか?
最近になってデジカメを使い始めたんですけど、写真を始めた頃からずっとフィルムが好きなんです。フィルムって、撮ったものが一度消えて、また出てくるようなイメージがあって、そういうところが好きなんですよね。そういう感覚が、私の写真の原体験としてあるのかなと。最近それに気付いたことが、逆にデジカメを使うきっかけにもなったんです。
ちなみに、オーストラリアでの撮影はどのようなものだったのですか?
その時が私にとって初めての海外だったんです。だから、日本の外の世界と初めて接して、怖いという気持ちもかなりあったんですね。周りの人に話しかけて撮影をしたりしていたと思うのですが、それは単純に楽しいコミュニケーションというよりは、「知りたいけど怖い」という感じのコミュニケーションでした。その時に撮影した写真も、今回の写真集「MID」に入っています。

「ヒト」(2008/写真集「MID」より)
© Cozue Takagi Courtesy of TARO NASU
今回は、ストレートフォトが中心に収められた「MID」と、デジタルコラージュによる「GROUND」が同時刊行されますが、もともと高木さんの作品には、このようなふたつのラインがありますよね。
ただ、「MID」の写真も、必ずしもストレートフォトというわけではなく、プリントをスキャンしたものや、背景をデジタル加工で落としたものなど、何かしら後処理がされている写真がほとんどなんですよ。
高木さんにとって、デジタル処理で写真を加工していくというのはどのような作業なのですか?
撮ったものをそのまま見せるとなると、それが自分の中にあるものと何か違うように感じるんです。「GROUND」と「MID」は、アウトプットとしては対極にあるように見えるかもしれませんが、私の中では「内回り」か「外回り」かの違いのようなもので、根本的にやっていることは一緒なんです。その道順が違うだけで、始めと終わりは同じ。実際に同じネガからできた写真がそれぞれの写真集に入っていたりもします。ただ、「GROUND」の方はどんどん積み重ねていく感じで、一方で「MID」は奥へ奥へ入っていくという感じなので、その工程は違うのですが。
根本にある共通するものとは、具体的にはどういった感覚なのですか?
自分の外側と内側を繋げたいということですかね。写真を始めてから、スキャナーを手に入れるまでは、自分が撮った写真にどこか違和感があったんです。そのギャップを埋めるために、デジタル処理をして、自分と一体化させる感覚というのがあるんです。

「GROUND」(2009)
© Cozue Takagi Courtesy of TARO NASU
これまでにも色々なシリーズの作品を発表していますが、どのようなものがインスピレーションソースとなることが多いのですか?
自分が撮った写真を見るところから始まることが多いですね。例えば、人の顔を左右反転させて合成し、2つの顔を作った「insider」というシリーズでは、撮った男の子の写真を見ていて、「顔の左右で表情が違うんだな」と気付いたところがきっかけになり、「それは何でだろう?」という疑問を写真を撮りながら考えていきました。そうした疑問に答えが出た時に作品になる感じがあって、一度答えが出てしまうと続けるのが難しくなるので、また違うテーマのものを撮っていくんです。
例えば、その「insider」では、高木さんのなかでどのような答えを見つけることができたのですか?
このシリーズでは、双子のようなヴィジュアルができあがるのですが、そこでまた「これは一体誰なんだ?」という疑問が浮かんでくるんです。そこから、「ひとりの中に2人の人間がいるんだ」という自分なりの答えが導き出されるんです。この作品のように、自分の外にあることをきっかけに自分を知るというような関係が常にあるような気がします。

「insider」(2006)
© Cozue Takagi Courtesy of TARO NASU
確かに高木さんの作品の裏には、「内側」と「外側」、「ネガ」と「ポジ」というような対極のベクトルが、常に並行して走っていそうですね。
そのふたつが、追い越したり追い越されたりしながら最終的には一緒にゴールするみたいな感じかもしれません(笑)。逆にゴールできないものは、作品としては発表しないですね。答えが出ない状態だと、作品と自分が一体化してしまうんです。最終的にはそこは切り離したいんですよ。
高木さんには、写真を撮ることでセルフ・カウンセリングをしているようなところがあるように感じます。自分の中に蓄積された感情や疑問などを、写真を撮ることで知ったり、解決したりしながら、次に進んでいくというような。
そうですね。例えば、「GROUND」のシリーズもそういう類いの作品です。これは最初、上野の森美術館の「VOCA展」に出品しないかという話があったことをきっかけに作り始めたのですが、これまで何となく写真を続けてきて、これから先どうしようかなということをしっかり考えたいというのがまずあったんです。その後、作品がどんどん先走って、最終的には私が飲み込まれるような感じになりました。この作品は、自分が撮った写真をスキャンし、デジタルコラージュしていったものなのですが、「VOCA展」の後、「曼荼羅に似ている」と人から言われたりして、自分の中で「一体これは何だったんだろう?」という思いが強まって…。それで、TARO NASUで展示した時には、作品を一度解体して、パーツを見てみようと思ったんです。

GROUND Installation View
Photo:木奥惠三
そうした一連の展示を通して、どのようなことがわかったのですか?
結局いつもと同じことだったんです。ここに私がいて、世界を吸収していきたいという思いと、一方で自分の内側のものを世界に出していきたいという思い。結局そういうことをやっていきたいんだなと再認識することができました。「GROUND」というネーミングにも、自分が立っている「地面」では、色んなものが生まれては死に、また土に帰るという循環が起きていて、そこに自分も取り込まれていくというようなイメージが重ね合わされています。
「GROUND」の作品集は、かなり小さな版型になっていますね。
実際に展示した作品は、150cm×120cmくらいあるんですね。それを本にしようとしても、到底実物にはかなわないんです。それならいっそのこと小さくして、作品を手のひらの中で見られるくらいまでにした方がいいかなと思ったんです。
もうひとつの写真集「MID」についてもお聞きしたいのですが、そもそも最初から2冊同時にリリースする予定だったのですか?
学校を卒業してすぐの頃、赤々舎の姫野(希美)さんに作品を色々見てもらったんです。その時に、ストレートフォトっぽい写真が良いということを言われて。でも、その時すぐには写真集を出すという話にはならなかったんです。その後、昨年末に姫野さんが作品を見に来てくれたのですが、ちょうど「VOCA展」に出すことになっていた「GROUND」も画廊に置いてあって、それも気に入ってくれたので、2冊同時に出すことになりました。

「ウシ」(2008/写真集「MID」より)
© Cozue Takagi Courtesy of TARO NASU
「MID」の方は、先ほどお話しされていた15歳の頃に撮った写真から最近の写真までが入っているんですよね?
はい。半分くらいは最近撮影したものです。「MID」に関しては、これまでに撮ってきた写真を選んで編集していくという作業が大きかったのですが、その基準をどうするかということをずっと考えていました。最初に大学2年の頃に撮った牛の写真を入れようと決め、そこから徐々に決まっていったのですが、その段階では何が基準になっているのか自分の中でも明確じゃなかったんです。最後にタイトルを決めるという段階で、ようやく見えてきたという感じでしたね。
なぜ「MID」というタイトルにしたのですか?
「GROUND」のシリーズは、「生」と「死」が繰り返されてできていくイメージだったのですが、「MID」には、その「生」と「死」の間の空白を見つめているような感覚があったんです。今自分たちが生きている世界は、どちらかというと「生」と「死」が繰り返されている「GROUND」のように見えると思うんです。でも、自分自身のことを考えてみると、それは「生」と「死」の繰り返しではなく、その「間」じゃないですか。そういういうところに自分が繋がる写真を、無意識のうちに入れていたのだと、その時にわかったんです。そのことが「MID」を作るなかでの大きな発見でしたね。ただ、もう発見してしまったので、次はまた違うものを撮ると思いますけど(笑)。
次のテーマはもう見つけているのですか?
またコラージュの作品を作っています。「GROUND」では、写っているモノや絵柄から何かを作り、それを自分で読み解いていくという流れだったのですが、今は映っているモノ自体が集合して何かの形になるということに興味があります。あとは、さっきも話しましたが、1、2ヶ月前からデジカメを借りて撮っていて、今はそれが楽しいですね。枚数を気にしなくていいので、普段撮らないところも撮ったりするし、やっぱりフィルムとは全然違うんです。「写る」ってスゴいなと改めて感じています(笑)。デジカメもしばらく続けていきたいですね。

「rebirth」(2009)
© Cozue Takagi Courtesy of TARO NASU

「trace the envy」(2008)
© Cozue Takagi Courtesy of TARO NASU





















