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1979年栃木県生まれ。Webの技術的な側面から広告アイデアを考えるテクニカルディレクターとして、2002年から(株)電通に参加。最近の主な仕事は「UNIQLO COLLECTION 東京2009」、「Fomula-E」、「どこでもラストガイ」、「INTERNAVI REALIZATION」、「UNIQLO TRY」、「Mobile Racer」など。バナー広告にも作品が多い。国内外の広告賞受賞歴および審査員歴多数。 Contact 電通 URL:www.dentsu.co.jp, nakamurahiroki.com E-Mail:nakamurahiroki@dentsu.co.jp |
![]() Honda「Fomula-E」 |
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![]() Honda「INTERNAVI REALIZATION」 |
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![]() Honda「Internavi Banners」 |
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![]() 公共広告機構「Driver’s Eye」 |
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![]() 公共広告機構「過去」 |
![]() 公共広告機構「過去」 |
![]() 公共広告機構「小便小僧」 |
Webサイトへの誘導が唯一の目的だと考えられていたバナー広告において、従来の表現を覆す斬新なアプローチによるバナーを次々と発表し、大きな注目を集めた中村洋基。プログラマーというバックグラウンドを持つ彼だからこそ得られる発想と、ユーザー目線を重視し、「体験」をキーワードに据えるそのスタンスで、広告における新たなインタラクティブ表現を模索する電通きっての若きクリエイターに話を聞いた。
Text:原田優輝
現在のような仕事をされるようになったきっかけを教えてください。
もともと大学時代は、小劇場の劇団に所属していて、役者と演出助手をしていました。なぜか、その劇団自体のデジタルリテラシーはもともと高くて、役者のほとんどが、Macを持っていた。僕も先輩から古いMacを譲ってもらったりしていたんです。その後、劇団はつぶれてしまったのですが、ぼくはパソコンが楽しくて、他の小さな劇団のチラシなどを作ったりするようになったんです。「お前、パソコンでデザインとかやってるらしいな」と、しばらくデジタルステージというというプロダクションに在籍させてもらうことになったんです。デジタルステージは「劇団第三舞台」のデジタルコンテンツ部門が元だったという縁で。そこでは、アプリケーションソフトを作っており、「モーションダイブ2」というVJソフトのプログラミングやカタログ作りなどに関わるようになりました。
最初はWebの仕事ではなかったのですね。
そうですね。主にやったことは、Macromedia Director(当時)のプログラムを学習して、ソフトのデバッグを行うことと、VJ素材を作ることでした。今思うと、VJ素材って不思議な存在で、「数秒でループする、とにかく気持ち良いムービー」をひたすら作っていました。そこで、「気持ち良いって何だろう?」ということを色々考えながら、tomatoが作った、Underworld
その後、どのような経緯で電通に入られたのですか?
電通に入ったのは、大学4年の頃です。デジタルステージを辞めた後、フリーで仕事を受けていたのですが、その中で電通ともいくつか一緒に仕事をするようになり、「ちょっとウチで働いてみないか?」と誘われたんです。それで、電通のWeb制作のチームに入ることになったのですが、当時の僕の仕事は、プレゼンする時に企画書に添えるサンプルFlashを作ることでした。だから、アイデアを出すことすらできなかった。その後、「フマキラー」のバナー広告を作る機会があり、それが電通で最初に世に出た仕事だと思います。

「フマキラー」
それはどのような作品だったのですか?
マウスカーソルにハエがとまり、バナーにあるスプレーがそれを吹き飛ばす、「フローティングバナー」とか「全画面バナー」と言われるもののはしりでした。これを、アートディレクターと話しながら作っていったのですが、「どのタイミングでどう反応して動くか」とか「スプレーはこんな感じ」とか、企画書にはない部分、ラフイメージには見えてこない部分を意識しました。もともとうちの会社には、優秀なプランナーやアートディレクター、コピーライターは多くいると思うのですが、彼らのアイデアがアウトプットされた時に、その面白さが半減していると感じることも少なくなかったんです。それは、プランニングやディレクション側に、アニメーター、エンジニアの資質が足りなかったからだと思うんです。そこを補填する存在の必要性を強く感じるようになり、「テクニカルディレクター」という肩書きを名乗るようになったんです。
特にWebの場合は、分業化が進んでいるので、それぞれのスタッフをつなぐ存在が重要になってきますよね。
今までは、企画をする側と手を動かす側が分かれているところがあったと思うんです。でも、作業のことだけを考えてアイデア出しすると、多くの人には伝わらないという袋小路に陥ってしまう。本当に面白いものというのは、両者のバランスによって生み出されてきたと思うんですよ。特にWebの場合、どんなに面白い企画やアイデアがあっても、実際に触った感じが良くなかったりすると、それだけで評価が変わってしまいます。もちろん最初のアイデアは重要ですが、そういう気持ち良さなどの感覚的な部分もボディブローのように効いてくる。結局、形になった時に面白いというものの方が、頭の中だけで考えたものよりもエモーショナルで魅力的になるんです。
ターニングポイントになった仕事を教えてください。
自分で企画から考えた最初の仕事として、「Close Up! Yahoo!」があります。これは、ヤフーの媒体内でHondaというブランドを好きになってもらうために、エンタメ系の記事をHondaがスポンサーする、という雑誌の記事広告のような企画でした。この記事の脇に毎月バナーを出していました。最初にアートディレクターから、「昔会ったような液晶ゲームのピンボールっぽいアニメーションを作りたい」と言われました。でも、これならアニメーションだけではなく、実際にゲームが作れるんじゃないかと思ったんです。要するに「ゲームができちゃうバナー」です。バナーの容量規制は厳しくて、美しい写真などは使ったりできないのですが、プログラミングって実はスゴく低容量ですからね。一般的なバナーのクリック率は、平均0.1%だったのですが、この時はそれが33%にまでなりました。
それはスゴい数字ですね。
「何だコレは?」と思いましたね(笑)。そこからHondaのゲームバナーシリーズは、何年もやることになりました。ぼくも楽しくなって、Webサイトの制作をメインにしながら、インタラクティブなバナーの制作をライフワーク的にやるようになりました。「The Knock」、「Driver’s Eye」、「過去」、「Internavi Banners」などいくつかの作品で賞も頂いたりしました。そうしているちに、そもそもバナー広告の平均クリック率が0.1%という状態がおかしいと思うようになりました。「クリックしたらジャンプしてしまうウザい看板」ではなくて、「面白いものがいろいろ詰まった楽しいおもちゃ箱」になったら、抜本的に変わっていくのにと。作り手側から、それを牽引することができないかなぁ、と思うようになりました。
一方で、Webサイトの制作では、また考え方が変わってくるのですか?
バナーというのは媒体的なところがあるので、接触するユーザーの数もある程度担保されていますが、Web広告は、そもそもなかなか見に来てもらえないんです。そこで必要になってくるのは、そのサイトが存在する必然性や、ユーザーがサイトを訪れる理由だと思うんです。世の中にこれだけ情報があふれているなかで、どれだけ瞬間的に面白いと思ってもらえて、なおかつそれをどう継続的に価値のあるものにしていけるかということが重要です。例えば、企業の「ものを売りたい」という意識を押し出しすぎても、消費者は乖離していってしまいますよね。今、消費者に残っていく情報は「おトクな情報」だと思うんです。これにも種類があります。例えば、プレゼントのような物質的なおトクさと、もうひとつは精神的なおトクさ。精神的なおトクさとは、マンガやゲームのように面白かったり、人に教えて自慢できたりすることだったりします。最近手がけたHondaの「Formula-E 」でも、そういうことを考えて作っています。

Honda「Fomula-E」
これはどのようなサイトだったのですか?
サイトのイントロで、もう「これはレースゲームです」と規定しています。中身も純粋にレースゲームを作りました。ただひとつ新しいのは、「燃費を競う」ということです。ゲームの中で燃費を競うことで、みんなに燃費の良い運転、つまり「エコドライブ」の方法を覚えてもらう。Hondaは今、ハイブリッドカー「インサイト」の登場によって、「車に乗る」という社会的行動を抜本的にエコ化するという取り組みをしています。たとえば、インサイトを低価格に押さえて販売することで、「誰もが手の届くハイブリッド」を生み出したことも、そのひとつです。そして、このサイトがスポットを当てたのは、もうひとつの機能です。インサイトには、低燃費な走行をドライバーに意識させるために、「エコアシスト機能」というものがついています。これにしたがって運転すると、誰でも燃費の良いドライブができる。まるでその操作はゲームのようだったので、「Formula-E」は、徹底的にゲームにしました。もともと、体験型のサイトと「ゲームなるもの」は違うようでいて、その違いがよくわからなかったりする。なので、世の中にあるありとあらゆるレースゲームを購入して、その研究から始めました。
バナー広告にしても、Webサイトにしても、「体験」というのが中村さんのクリエーションにおけるひとつのキーワードになっているようですね。
そう言われてみればそうですね。あまり気にしたことがなかった…(笑)。以前に手がけたPS3用ソフト「The Last Guy」のプロモーションサイト「どこでもラストガイ」でも、実際にそのゲームを体験できるということがポイントでした。あと、「くだらないもの」というのも自分のキーワードとしてありますね(笑)。それも、ユーザー目線で「どういうものがあったら楽しいのか?」ということを逆説的に考えていくという自分のスタンスと繋がってくるところです。たとえば、公共広告機構。スゴく真面目な印象がありますよね。だから、そこにあえてカウンターをぶつけられないかなと思い、水のリサイクルというテーマを、小便で表現したり、リクルートのコンテンツをウンコにしたりしました。もともとがガキの発想なので、面白いことの真ん中に「ウンコ」があるんですね。これは直していかなければ、と思っています。
これからのWeb広告の位置付けについて、どのように考えていますか?
Webだけの広告表現というのは、だんだん終わっていくんじゃないかなと思っています。Web全体は、これからも楽しくなっていくものですが、今やキレイなサイトや面白いサイトというのは、皆それなりに作れるようになっています。それ以上リッチ化しても、予算や製作期間がついていかない。一方、モバイルで一発芸のようなものを作ると、予想外に多くの人に喜ばれるんです。それはまるで、PS3とWiiの、ソフトの差のようです。これから大切になってくるのは、もともとある表現したいものやストーリーを、一番効果的に伝えられるメディアを選択していくことなんじゃないかなと。若いユーザーを囲い込みたかったら、今はモバイルの方が断然良いということも実感しているところです。これからは、伝えたい情報と、それを求めているユーザーが出会う場所を考えながら、複数のメディアを使った展開を考えていかないといけない時代になってくると思います。
Webにおける「表現」のあり方も、どんどん変わってきているように感じます。
そうですね。「UNIQLOCK」なんかが出てくる前までは、中村勇吾さんに始まる「こんなことができるんだ!」というような一つひとつのWeb表現が輝きを放っていたと思うんですけど、それが一周して、テクニカルなものよりも、「普通だけどなんか心地良い」というものが評価されるようになっています。それは「普通」と「スゴい」が紙一重になってしまったとも言えます。Webって、CMやグラフィック広告と違って、誰でも参入できるメディアです。今までは「スゴいクオリティ」が専売特許だった時代だったのですが、それだけでは振り向いてもらえない冬の時代に到達したと思っています。表現したいものやストーリーに対して、インタラクティブなアプローチが得意な立場の人間として、新しく刺激的な見え方になるものを模索していきたいですね。
Web以外のインタラクティブメディアにも興味は強いのですか?
そうですね。やっぱり自分の基本は、Flashなどのプログラミング技術なので、Webに寄ったものが多くはなりますけど、モバイルももちろんやっていますし、iPhoneやデジタルサイネージなどにも興味はあります。電通は、CMやビルボードなど、他のメディアと連動しやすい環境にあるので、そういう複数のメディアを密に連動させた新しい表現もできるんじゃないかと考えています。例えば、携帯電話を操作すると、渋谷の電光掲示板にそれが表示されるとか、そういう試みにも興味があります。自分の手元で行った操作によって、ものスゴく大きなものが動くというようなものって意外とまだ少ないんですけど、日本の環境は、そういう試みに向いていると思いますので、今後はそういうものを作っていこうと考えています。


































