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HANAYO Exhibition
Date: 1月27日〜2月5日
Location: VACANT

ベルリンを拠点に活躍する日本出身のマルチアーティスト花代の個展『においと光と笑いと記憶と涙の関係』が開催される。体と心の間にふと訪れる、直接的かつ無意識的な感覚に焦点を当てた作品が様々なメディアで表現される。また、1月28日には、宇川直宏氏とトークセッションも予定されている。

TAKU ANEKAWA Exhibition
Date: 1月22日〜2月3日
Location: Gallery Speak For

刺繍やシルクスクリーンを用いたアートワークなどで知られる姉川たくの展覧会「理想論」が開催中。今回の展示では、姉川氏のイラストレーションにスポットを当てた作品が展示されている。また、alfredoBANNISTERとのコラボレーションによる姉川氏のイラストレーションがあしらわれたオリジナルシューズも置かれている。

中村紋子「USALYMAN」展
Date: 1月13日〜2月16日 
Location: B GALLERY

写真と絵画を精力的に制作する中村紋子の新作展 『USALYMAN』 がB GALLERYにて開催。サラリーマンをテーマに、100人にも及ぶ様々な職種のサラリーマンを撮影した写真作品と、圧巻のデッサン力と色彩センスで描かれた絵画作品が展示される。

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TAKATSUGU NAITO | 内藤隆嗣 | Film Director

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『不灯港』
(C)PFFパートナーズ
『不灯港』
(C)PFFパートナーズ"
 

数々の才能を輩出してきたPFFスカラシップとは、優秀な脚本に対し、プロのキャストとスタッフを使って映画を撮るチャンスと予算を与えるプログラムだ。その第18回目の受賞作となる内藤隆嗣監督の『不灯港』が完成し、いよいよ公開される。この映画が語られるとき、最初にくるのは万造という主人公だろう。38歳。独身。漁師。嫁さん募集中。寡黙だが、ときおり放つ言葉は超二枚目。彼が美津子という小悪魔的な女性(と元カレの息子)と出逢い、一緒に暮らし、愛する姿が描かれる本作は、その独特なユーモアで海外の映画祭でも賞賛された。山下敦弘が出現した際の「和製カウリスマキ」という言葉は、内藤監督にこそふさわしい。

Text:須永貴子


脚本は、まずは万造というキャラクターありきですか?

はい、そうですね。

万造のビジュアル・インパクトは素晴らしいですね。もともと、こういうルックスをイメージして役者を探したのですか?

いえ、もともと僕が思い描いていた万造像は、もう少しやせこけて貧相なイメージでした。しかし、それに見合う役者さんがなかなか見つからない。そこで、もうちょっとイメージを膨らませて探していこうとなった時に、小手(伸也)さんと出会い、彼なら万造のイメージとすりあわせられるなあ、と思ったんです。ビジュアルや物理的なサイズ、生活環境は違いますが、行動や台詞、思想、哲学は僕のそれらをひきずらせたつもりです。これは、その万造を観察するような映画です。愛する嫁が欲しくてたまらないという思いを抱えながら、わりと静かで問題のない生活を送っていた万造の前に、美津子という訪問者がやってきて、台風のようにかき回す。その流れのなかで、「こういうことをされると万造はこういう反応をする」というリアクションを、第三者的な目線で捉える映画として作りました。

たしかに、“万造観察日記”ですね。その客観性が、主人公が監督の分身でも、距離感のあるユーモアに仕上がっている理由でしょうね。カメラ自体、引いているし。演出もやはり観察スタイルですか?

観察的な演出というのは、おそらくまず、役者さんに一度自由にやらせてから探っていくという作業だと思います。でも今回は、動きも雰囲気も、最初から作り込んでいったので、観察的な演出ではないですね。「台詞は棒読み」「感情や思いは乗せない」「表情は作らない」など、本当にわかりやすい引き算をしていきました。

内藤隆嗣

PFFスカラシップに応募するということは、脚本作りにどんな影響を与えましたか?

僕の競合相手となる人たちは、僕よりも映画の経験があります。どうやったら、そのハンディキャップを覆して勝てるだろうかと考えたわけです。堅い話ですが(笑)。これから先、こんなチャンスはもうないだろうと思うと、この脚本にやりたいことをすべてつぎ込もうという気持ちになりました。かついちばん大きなモチベーションとしては、自分が観たいと思う映画、好きな映画を作ること。そういう意味では、自分が第一のお客さんだったかもしれません。しかしまぁ、シナリオの勉強もしたことなければ、いまさら勉強する時間もなかったんですね。そこで、物語としての巧さや流れというよりは、誰もが思いつかないようなエピソードやネタのようなものを放り込むことにしました。それをつなぎ合わせてできたのが、今回の脚本です。

とはいえ、「町役場主催のお見合い」「バーで酒を飲む」「娼婦に声をかけられる」「恋人同士でピクニックに行く」といったひとつひとつのエピソードはそれほどトリッキーでもぶっ飛んでもいないですよね。だけど、画として観たときに非常におかしみがあります。

たしかに、シチュエーション自体は日常にあふれるものですが、その見せ方や、前後との関係、台詞に気をつけました。もともと僕はベラベラ喋りすぎる映画が嫌いなので、台詞を少なくすることにしました。その分ひとつひとつの台詞をパワフルなものにしよう、そうしないと伝わらないだろうと考えて、威力のある台詞を脚本に書いていきました。

映画が始まってから9分後、やっと万造が最初の台詞を言います。ずいぶん引っ張りましたね(笑)。

必要最低限のことしか喋らせなかったので。冒頭の9分間台詞がないことで、お客さんに「この映画、大丈夫か?」と不安を感じさせてハードルを上げつつ、徐々に引きつけていこうと考えていました。

内藤隆嗣

町役場主催のお見合いのシーンでは、微妙な早回しのような映像処理をしていますか?

24コマ撮りで撮影しているなか、あのシーンだけ16コマで撮っています。あんなちっちゃい港町で主催するお見合いパーティーでは、都会から女性たちを連れてきてもどうせたいしたことができないわけです。漁師たちが意気込んで参加して、ターゲットを探す様は、どう考えても滑稽に映るんですよ。それを際立たせるために、ロボットのように見せたいと思い、最初から狙って撮りました。

他に、映像的に工夫したシーンがあれば教えてください。

冒頭のバーのシーンですね。万造と女が目配せをして、カウンターの前に来て、もう一人の男が加わる画。あれは、カメラアングルはドーンと固定してシンプルにして、そこにいる人間の動きで漫才のように笑いを取る。映像の工夫ではなく、人間にやってもらうことで笑える画を作ることへの思いは強かったです。

内藤隆嗣

オープニングとエンディングは両方とも、万造の顔ではなく手元のカットで始まり、終わります。それは意図的ですか?

いえ、偶然です。僕は映画の初速度を、腰をゆっくりあげるかのようなスピードにしたいんです。人物がドーンと画面に入り、いきなり台詞をベラベラ喋る映画は、情報を提供しすぎている感じがします。それよりは、体の一部や物を映すことで、じんわりとスタートしたいと思っていました。エンディングについては、今言われて気付きました。たまたま、ですね。

そのエンディングが秀逸だと思います。ある重要な“モノ”をカメラは捉えるけれど、それを見ている万造の表情は映さない。その“モノ”が意味するもの、それに対する万造のリアクションは、観客の想像力に委ねられています。だから余韻が続きます。

映画のエンディングは、観客に想像させるためにあると思います。エンディングですべてを見せて、説明してしまうと、映画館を出てから映画について話すという行為がまったくなくなってしまう。そういう意味で、表情を見せる必要はありませんでした。ちなみに、あのエンディングの意味を聞かれたときのために、3パターンの理由を用意しました。あるライターさんには、ラストシーンをどう感じるかでその人がわかる、踏み絵みたいな映画になってるね、と言われました。

内藤隆嗣

そもそも、大学時代は数学を専攻しながら、漫才の台本を書かれていたそうですね。どんな笑いが好きだったんですか?

しゃべくる漫才が好きでした。コントは、非常に機械仕掛けで、人間が作り上げたものというような感じがする。その点、漫才は人間の肌の温度が伝わってくる生っぽさがあると思うんです。芸人さんで言うと、僕の世代ですと、誰もが影響を受けていますけど、やっぱり、ダウンタウンさんですね。

どんな台本を書いていたんですか?

日常のよくあるエピソードを紡いで、漫才を作っていました。できることなら自分で演じたかったけれど、パートナーがいなかったので、とりあえず書き始めました。

そんな時、一冊の映画作りの本と出合い、映画作りという着想を得るんですね。

はい。それまでは、映画を観るという趣味も習慣もありませんでした。実家時代は、家にあった『グーニーズ』のビデオを繰り返し観たくらいです。大学入学で上京してからも、映画館に行ったことは1、2回しかありません。

それで映画を撮っちゃうのがスゴいですね。

違う表現手法を試してみたかったんでしょうね。

内藤隆嗣

漫才は、“つかみ”が大事ですよね。内藤監督の映画は、“つかみ”ということでいうと、ゆっくり立ち上げていますし、全編を通してギリギリまで抑制しながら、ポツッポツッと笑いが入る。それは映画だからそうしたのですか?

それは、テレビと映画というメディアの違いで語れると思います。漫才は、たしかに最初、勢いでつかまないといけない。なぜかというと、テレビが主に発表の場なので、チャンネルを変えられないための機能的な意味がある。映画には、とりあえずその心配はありませんので、オープニングでじんわりと立ち上げられる。それでも、漫才のつかみに匹敵する笑いは、早い段階でいくつか用意しています。バーでの3人のシーンであり、自販機の娼婦とのシーンであり。あれは、僕の考える、早い段階で観客をつかむための装置です。映画でファーストカットからドーンとつかんでしまうと、僕は疲れるんです。茂みをゆっくりとかきわけて、わくわくしながら進んでいきたい。かきわけてすぐに宝物がドーンとあると、「いやいや早すぎるんだけど……」って思ってしまう。ですから、時間配分は違いますが、僕にとっては漫才も映画もつかみの意味は一緒です。

監督の描く、無表情なキャラクターや、孤独感、ユーモアのセンスはアキ・カウリスマキ監督を思い出します。相当この名前は出されますよね?

はい(笑)。実は、これを撮る前はまったく意識していなかったんです。いろいろな映画を観る流れで、何本か観たことがある程度です。言われてから、何度か見直しましたけど、まさかこんな大監督に比べてもらえるなんて、恐縮極まりないです(笑)。

根本的なことをお聞きしますが、なぜ、表現への欲求があったんでしょうか?

女の子にモテたかったんじゃないですか? 誰しもあると思うんですけど……。あとは自己顕示欲みたいなものもあるのかな。わからないですけど、気がついたら、ものを作るという行為に参加していた、というのが正直なところですね。あと、自分の可能性を確かめたい、信じたい、という思いもあります。

何か伝えたいものがあるから作るんですか? それとも、作りたい、という気持ちが先ですか?

僕は、「何かを伝えたい」という大上段に構えたメッセージを用意してものを作ってもうまくいかないと思っています。子供みたいにただ楽しいことをやってたら、通りすがりの大人にフッと「いいじゃん」ってすくい上げられた感じです。

内藤隆嗣

映画を撮ってみて、映画を好きになりました?

はい、それはもう! お金を払って観てもらう媒体という意味では、非常にリスキーで、敷居が高いものだと思うんです。大金をかけて、たくさんの人に参加してもらって作り上げるものは、石油を掘るような思いで挑まなきゃいけない。その経験は本当にエキサイティングでした。そうしてなんとかできあがったものをお客さんの中に投げ込んだときに反応があると、これはもう本当に、麻薬のようなものですね。体がしびれました。

今回の脚本について「やりたいことをすべてつめこもう」とおっしゃいましたが、次回作はどうなりますか?

人間というのはイヤらしいもので、こういう経験をしてしまうと、欲って出てくるんですよ。「次は別の引き出しを開けてみたいな」と、違うことをしてみたくなるんです。それと同時に、ストイックに同じことをやっていこうという気持ちもあるんですけどね。映画監督はキチンと”鎧”をまとってないといけないと思うのですが、今回の僕はわらじを履いた程度といいますか(笑)。こんな格好だけど、ちゃんと良いものを作りますから! と、引っぱりました。次に作る時は、”鎧”を手に入れたいですね(笑)。

内藤隆嗣

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