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神奈川県茅ヶ崎市出身。2009年、多摩美術大学大学院修了。在学中はサウンド&メディア・アート研究室に所属。大学院修了後も継続して、書道、グラフィティ、タイポグラフィ、サウンドなどをテーマに制作活動を行う。文字を書くという行為を身体的なスケールに拡大することで、作品をパフォーマティヴに提示する。これまでの主な活動は、「AACサウンドパフォーマンス道場」(2006/愛知芸術センター)にて入選・上演、「ICC OPEN SPACE 2009(2009.5-10/NTT ICC)出展など。現在、クリエイティブ・ポータルサイト CBCNET外部エディター、パイレーツ・オブ・デザイン tymoteのメンバーとしても活動中。
contact 山口崇洋 URL:yang02.org E-Mail:yang02.org@gmail.com |
東京の街を自転車で走行し、それを追跡したGPSデータによって、Googleマップ上に”見えない”文字を描き、それらをフォント化した作品『Urbanized Typeface』。現在、NTT インターコミュニケーションセンター[ICC]の「OPEN SPACE 2009」で展示されているこの作品を制作した山口崇洋は、これまでも「文字」「身体性」といったテーマを、自身が大きな影響を受けてきたグラフィティカルチャー等とリンクさせた作品制作を続けてきた。「行為」そのものに本質を見出し、独自のアプローチでパフォーマティブな作品を提示する彼に話を聞いた。
Text:原田優輝
まずは、現在ICCで展示中の作品『Urbanized Typeface』について教えてください。
もともとグラフィティが好きで、それを大学院での研究テーマにもしていたんです。大学院では、「サウンド&メディア・アート」という研究室にいたこともあり、最初にタギングを音でやってみようというシンプルなアイデアのプロジェクトをスタートさせました。ただ、1年くらい色々試したのですが、結局あまりうまくいかなくて。それで2年の時に、Googleマップで見られるくらい大きなグラフィティがL.A.にあるという話を以前に聞いたことを思い出し、それを1時間くらいかけて探して、見つけることができたんです。まだ当時はストリートビューもなかったんですけど、Googleマップでグラフィティが見られたということにスゴく感動して。それでさらに探してみると、日本にもいくつか見られるものがあったんですね。そうした体験が自分に新鮮な驚きを与えてくれて、自分でもその様なとてつもないスケール感を持った作品を制作してみたいなと思ったのが、そもそもの始まりなんです。

『Urbanized Typeface』
Googleマップでグラフィティが見られたことに、なぜそこまで感動したのですか?
それまでにも、Webサイト上でグラフィティの写真は結構見ていたんですけど、やっぱり生で見た時の感動やダイナミズムは全然味わえなかったんです。だから、Web上では「グラフィティを見る」という行為はそもそも成立しないのかなというのがそれまでの感覚でした。でも、Googleマップで実際に、街中をさまようようにしてそのマスターピースをやっとの思いで発見したという体験は、実際に街中で周囲の環境を付加させた状態でグラフィティを見るという体験とスゴく近いものがあったからでしょうね。
そうした体験がご自身の作品にどのように反映されていったのですか?
『インサイド/アウトサイド』というグラフィティのドキュメンタリー映画で、グラフィティライターのゼウスが、畜光塗料で「The invisible is eternal(見えないものは永遠)」というメッセージを描いていたのですが、その試みが、「見つけられたら必ず消されてしまう」というグラフィティの宿命を見事に回避していて、衝撃的だったんです。だから自分も、そのやり方を踏襲する形で、GPSを使って街を移動した軌跡で大きな文字を書いてみようと思ったんです。それで、「The invisible is eternal」という文字を二晩かけて描いたのが最初です。実際にそこには描かれていないけど、データとして残った軌跡がGoogleマップで見られるという。グラフィティの本質を考える時に「スタイル」の問題がフォーカスされがちだと思うのですが、そうではなくて、仮にその本質は実際に身体を用いてダイナミックに文字やキャラクターなどを描く「行為」そのものだと考えた結果、この作品を思いつきました。

今回の『Urbanized Typeface』は、そのアイデアをもとに、AからZまでのアルファベットをフォント化するというところまで落とし込まれていますね。
実は僕がやったこの手法は、すでにヨーロッパなどでだいぶ前からやられている、ジェレミー・ウッドというアーティストが新しいドローイングとして提唱した「GPSドローイング」の手法と何ら変わらなかったんです。結局、そのコンセプトや言い方を少し変えただけのものでしかないと感じたので、もう一歩踏み込んで実際に使えるフォントに落とし込んでみようと。そこで、「東京」のフォントを作ることにしたんです。フォントには、「Osaka」や「monaco」など、都市の名前が付けられているものが多いですよね。でも、それらのネーミングには、普遍性や必然性がなくて、それなら自分はその都市の名前でなければならない必然性を有する、つまり都市の形そのものからデザインされるフォントを作ろうと考えたんです。


この作品もそうですが、「身体性」「文字」「テクノロジー」などが、山口さんの作品の柱になっているように感じます。
特に意識はしていないし、自分でもまだちゃんと分析はしていないのですが、結果的にそういった方向に向かっていると分析できるとは思います。あと、「テクノロジー」ということに関しては、美大進学の時に情報デザイン学科に入ったからということが単純に大きいような気がします。高校生の頃からデジタルアートには少し興味があって、大学2年の頃はVJみたいなこともしていたのですが、もともとはグラフィックデザイン学科を志望していたんです。だから、その頃はメディアアート等よりも、グラフィティ等のストリートカルチャーに見られるような視覚表現に大きな関心がありました。
現在のような表現に自覚的に取り組むようになったのは、いつ頃からなのですか?
大学の卒業制作からハマっていった感じですね。現代美術やメディア・アートに関する展覧会やシンポジウムなどにも積極的に足を運ぶようになったのは大学院に進学してからです。
卒業制作ではどんな作品を制作したのですか?
「音響書道」という作品です。これも「グラフィティ」や「文字」というテーマに関係してくるのですが、もともとグラフィティには書道的な要素が強いと思っていたんです。発想のきっかけは、学部3年の頃、筆と紙を使って友人数人と色々書いて遊んでいた時です。そこでふざけてオモシロおかしく書いたりしていたら、その場がメチャクチャウケたんですね(笑)。それで、これはパフォーマンスとしても何かできるかなと思って。その後、「書道」そのものに興味がわいてきて、サウンド・アートの研究室にいたこともあって、書道と音楽を結びつけて考えた時に、そこにいくつか共通点を見出すことができたんです。良い「書」というのは必ず良いリズムや、独特ながらも一定のリズムで書かれていたり、書道家によって筆の使い方が様々に異なる様子は音楽家が楽器を操るようにも見えたりして。

『音響書道』
具体的にはどのような仕組みになっているのですか?
半紙の下にある下敷きがマイクになっていて、そこで拾った音が一度パソコンに通されて、プログラミングによってリアルタイムで加工されるんです。筆にもボタンがついていて、それによって任意の場所で音をカットアップできるようにしたり、筆の傾きや筆圧などもセンシングし、そのデータを音に還元することによって、まさに楽器を扱うように「書」を書くという試みでした。最初は大きな紙に書いていたのですが、なかなかそのスケール感だとリズムが作れなくて、最終的にはA4サイズの紙に一文字ずつ書いていって、それをDJがレコードを変えるように次から次に繋げていくというスタイルになりました。
この『音響書道』のようにライブパフォーマンスも積極的にやられているようですね。
そうですね。むしろ、インスタレーションという形態の作品は、『Urbanized Typeface』が初めてなんです。大学の同期と一緒にノイズバンドをやっているのですが、そこでは「サーキットベンディング」といって自分たちで改造した楽器を持ち寄ってパフォーマンスをしたりしています。
『(e)-BOMBERS』
そうしたパフォーマンスによる表現は、先ほどグラフィティについて話されていた「行為そのものが本質である」という考えにも通じるような気がします。
そうですね。僕は、これまでその「行為」を効果的にプレゼンテーションするための補足として、作品にデジタル技術を用いてきたと考えることができるかもしれません。だから「体験者がこうしたらこう反応する」というようなエンターテイメント性の濃いインタラクティブ・アートには興味がそれほどありません。もっとそこにコンセプトや問題意識があるものを作りたい。仮にいわゆる「インタラクティブ・アート」をやるにしても、インタラクティビティそのものについて言及するような作品じゃないと面白くないと感じます。
グラフィティを題材にした山口さんの作品も、グラフィティそのものの在り方に言及するようなものですよね。
そうですね。とにかく今は、グラフィティのことばかり考えているような気がします(笑)。グラフィティが美術作品にすり変わってしまうケースって度々あるじゃないですか。でも、「果たしてその境目はどこにあるのか?」と。僕は、街中に書かれているほぼすべてのグラフィティにグッとくるんです。例えば、民家の壁に描かれているグラフィティなんか、その家の人からしたら大迷惑でしかないんですけど、描いている側は、リスクを負いながらも、衝動的にそれを描いている。その行為が単純にスゴいなと。だから、「グラフィティ」というレイヤーを通して両者を見てしまっている僕にとっては、バンクシーの作品も、その辺に描かれているものもあまり大差がない。どちらも犯罪といえば犯罪ですしね。でも、実際にはバンクシーの作品は高い値で売られているわけで、その境はどこにあるのかな、と。そういう問題意識をもとに、「グラフィティは音としても展開できるか?」とか「これはグラフィティと言えるのか?」というところに言及するような作品を作ってきているんです。


山口さんが関わっているグラフィティ・リサーチ・ラボ トーキョーについても教えてください。
以前、韓国のイベントに行った時に本家のグラフィティ・リサーチ・ラボと知り合ったのですが、その後たまたま、僕が手伝っているCBCNETのイベント「APMT」でも呼ぶことになったんです。その時に来日したメンバーが、東京でも(レーザータグを)やりたいという話をしていて、その時のノリで東京支部を作ることになったんです。ただ、そもそもグラフィティ・リサーチ・ラボには、「テクノロジーを使ってグラフィティライターたちに新しいツールを提供する」というコンセプトがあって、各国にある支部もそれに基づいて活動しているのですが、自分の場合は、グラフィティ自体を研究するというところに向かってしまうので、それはちょっと違うんじゃないかという意見もあって(苦笑)。ただ、次回の作品は、グラフィティ・リサーチ・ラボ・トーキョーとしてやろうと思っているんです。
今後もグラフィティというのは山口さんの制作テーマであり続けるのでしょうか?
興味が続き次第という感じですけど、中三からずっと好きですからね(笑)。最近、鶴見俊輔さんという評論家が提唱した「限界芸術」という概念を知ったんです。それには初期のグラフィティなんかも含まれているのですが、要は本来は美術として作られていないものが、結果的に美術よりも面白くなってしまうような表現について言及しているんです。例えば、JR職員の佐藤修悦さんが、ガムテープを使って構内案内の文字として作っていた「修悦体」というものが、結果的に下手な美術よりも評価されたりするというのも同じことです。そういう「限界芸術」「限界グラフィティ」みたいなところに辿り着けたらと思っています。グラフィティとしてはやってないけど、スゴくグラフィティ的なものというところを目指したいですね。
山口氏による『Urbanized Typeface』は、NTT インターコミュニケーションセンター[ICC]にて、2010年10月4日まで展示中。

















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