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78年新潟県生まれ山形県育ち。東北大学建築学科卒業後、東京藝術大学大学院美術研究課修士課程建築専攻修了。03~06年株式会社青木淳建築計画事務所勤務を経て、06年株式会社丸田絢子建築設計事務所設立。07年グッドデザイン賞、08年JCDデザインアワード銀賞他受賞多数。09年4月より、アトリエを北海道札幌市に移転。
contact 丸田絢子建築設計事務所 URL:maruta.sub.jp E-Mail :maruta@ju.sub.jp |
「集合・配列・自由度」をキーワードに掲げた独自の理論に基づき、その場を訪れる人々に予想外の驚きを与える作品を提示してきた丸田絢子。東北大学工学部で建築を学び、その後、東京芸大大学院に進学したというそのキャリアが示すように、理論と感性の間を自在に行き来する卓越したバランス感覚で注目を集めている建築家だ。青木淳建築計画事務所在籍時より、その場にしか生まれ得ないコミュニケーションの形を追求し、独立後も数々の話題プロジェクトに参画、さらに今年4月には北海道への事務所を移転するなど、常にネクストステージを模索し続ける女性建築家に話を聞いた。
Text:原田優輝
建築や空間のデザインに興味を持ったきっかけを教えてください。
高校の頃に理系のコースに入っていたように、もともとは学問としての物理や力学に興味があったんです。そんなに難しい話でもないのですが、モノができている仕組みやルールを理解することが面白かったんですね。でも一方で、美術などをやってみたいという思いもあり、進路を決めるにあたって、その中間にあるジャンルというのを考えた時に、建築というものしかなくて。だから、どうしても建築がやりたかったというよりは、工学的な要素と美術的な要素の両方を持っているものが作れるんじゃないかという思いから、東北大学の建築学科に入ったんです。
では、特定の建築や建築家に影響を受けたというわけではなさそうですね。
そうですね。逆に、学生の頃は、なかなか建築の素晴らしさというのがわからなかったんです(笑)。建築と言うと、どうしてもそこに難しい思想や哲学があるイメージが強くて、それがあまり理解できなくて…。そういうことを難しく考えるよりは、アートを見たりしている方が面白かったんです。
その後、東京芸大に進んだ理由も、その話と関係がありそうですね。
それまで割とカッチリしたところで建築を学んでいたので、それとはまったく違うアプローチでもう一度建築を考えてみたかったんです。自分の中にはアーティスト的な考え方というのはほとんどなくて、クライアントなど色々な人たちとコミュニケーションを取りながら、共同作業でモノを作っていきたいと思っているのですが、美術的な要素と工学的な要素のバランスは取っていきたいと常に考えています。どちらかに偏ってしまうと、それが建築である意味がなくなってしまうと思うんです。
CAGED LION at PRISMIC GALLERY
その後、青木淳さんの下で働くようになった理由は?
当時、建築家の作品集なんかを見ていて一番引っかかっていたのは、それがどんな場所であっても、すべて自分のテイストだけで作られている建築が多いことでした。それはある意味スゴいことだとも思うのですが、その場所やクライアントとの関係があまり見えてこないのはおかしいんじゃないかと感じるんです。その点青木さんの作品は、それぞれテイストが全く違っていて、なぜそういうものが生まれたのかというところにスゴく興味を抱いていたんです。青木さんは、日本の建築家として最初にコマーシャルの分野とコラボレーションした方で、建築という専門分野の知識を活かしつつ、その枠だけにとらわれないでモノを作っていくというスタイルにスゴく共感できたんです。
青木さんのところではどのくらい働かれていたのですか?
3年いました。青木事務所では、各スタッフがそれぞれの物件を任されるんです。まず青木さんから大まかなイメージを聞き、それを自分なりに考えながらカタチにしていかなくてはならないので、各スタッフの個性がかなり直接的に物件に反映されて面白かったですね。スタッフからすると、青木さんは「第2のクライアント」に近いところがあるんです。だから、プレゼンをする時でも、お客さんに対しては機能面などを、青木さんに対してはその空間の美術的な部分を伝えるという感じで、そこでも両者のバランスが必要でした。
青木さんから学んだことにはどのようなものがありますか?
もちろん色々ありますが、一番大きかったのは、お客さんからの要望などによって、最初に自分が持っていたアイデアや、作品としての純粋性が失われていくことに対して、肯定的にとらえていくという考え方ですね。行き止まりに来た時こそチャンスだと考え、それを乗り越えてさらに良いものにしていくことを考えなさい、とよく言われました。そうとらえることができれば、クライアントからの要望があればあるほど、その物件の作品性も熟成されていくと考えられるようになるんです。お互いがハッピーになれるように考えていくことの大切さを教わることができたと思っています。
その後独立することになったきっかけは?
青木事務所に在籍した3年のうちに、建築を2件、インテリアを2件担当させてもらうなど、他の人に比べてかなり仕事の回転が良かったんです。そこで経験もしっかり積めたし、現場の対応もできたので、もう独立してもいいんじゃないかということで、辞めさせられちゃったんですよ(笑)。もともと青木さんのところでは、スタッフは最長4年までしかいられなくて、どんどん人を循環させていくというやり方をしているのですが、自分としてはもう少し長くいたかったという思いもありました(笑)。
独立して最初に手掛けた物件について教えてください。
青木さんの事務所にいた時に知り合ったお客さんから、「JIN’s GLOBAL STANDARD」というアイウエアショップの内装の仕事を頂いたのが最初で、シャッターをパーテーション兼什器として使って空間を構成しました。その後も、アートディレクター秋山具義さんの事務所に併設するショップ「DAIRY FRESH STORE」の内装や、雑誌『装苑』が企画した展覧会の空間構成など、青木事務所の時に知り合った人たちがきっかけとなり、数珠続きのように面白いお仕事を続けてさせてもらうことができました。
JIN’S GROBAL STANDARD 広島
Photo:AICI ANO
「DAIRY FRESH STORE」や『装苑』の空間構成をはじめ、その後のDIESEL DENIM GALLERYでのインスタレーション、そして先日PRISMIC GALLERYで発表された新作インスタレーションなど、丸田さんの作品には、ひとつのパーツを反復・集積させていくようなアプローチが多いですね。
そうですね。それを遡ると芸大の修士設計の話になるんです。その時は、「雲をつかむ」というタイトルのもと、静的なものである建築に、例えば光や雲のように、有機的に形を変えられるものを取り入れられないかということを考えたんです。それをただ色や素材で表現するのではなく、伸縮するひとつのパーツを集積させていくことで、雲が自由に広がっていくようなイメージで色々なカタチを作っていけないかということを実験しました。ある程度融通が利くパーツを集合させることで、単一では作れない自由さを表現したかったんです。「DAIRY FRESH STORE」の話を頂いた時に、「とにかく面白いものを」と言われ、修士設計の時に研究した集合と配列というテーマを思い出し、もう一度それを掘り起こしてみたんです。

DAIRY FRESH STORE
Photo:DAICI ANO
壁面にスチール製のパネルを取り付け、その上にマグネット付のスチールピースを貼り付けた「DAIRY FRESH STORE」の内装。スチールピースにはフックが付けられ、そこに商品を展示できるだけでなく、スチールピースをパズルのように動かすことで、壁面のパターンを自在に変えることも可能。
また、「装苑」の時は、展覧会のテーマが「紙」だったこともあり、段ボールで作ったパーツを積み重ねたハニカム構造の什器を作り、それぞれの展示品に合わせて、フレキシブルに空間を演出していきました。ひとつの理論をもとに3つくらい違う作品を作ることができれば、そこに説得力や強度が生まれるんじゃないかと思い、しばらくはあえてこの方法で作品を作り続けてみたんです。
装苑PAPER FANTASY
Photo:DAICI ANO
今回発表された新作もこの理論の延長にある作品ですが、一見無骨な工業製品の集積によって、「ライオン」の絵柄が浮かび上がるというアイデアには、丸田さんならではのバランス感覚を感じます。
小さなパーツと、それによって構成される大きなものとの間にギャップがある方が面白いですよね。自分の中には、プロである同業者の人たちに理解してもらいたいという思いももちろんあるのですが、一方で一般の人達に空間デザインや建築の面白さを感じてもらいたいという気持ちも強いんです。だから、あえてポップな色を使ったり、誰もが見たことのある素材を使って見たことのない空間を作るということは心がけています。先ほども話しましたが、自分自身、建築の難しい理論があまり馴染まなかったということも影響していると思います。やっぱり一般の人に近い感覚が私の中にあるんでしょうね。そういうある意味「普通」な感覚とのバランスは常に取っていきたいと思っています。
クライアントとのやり取りで大切にされていることを教えてください。
一貫しているのは、そのお客さんにとって一番ハッピーなデザインとはどういうものかを考えるということです。例えば、私がモダンなデザインの方が良いと思っても、そのお客さんが本来持っている世界観と相容れないものであれば、いくらそれを押し付けてもお客さんはハッピーになれないですよね。だから、それぞれの人が持っている世界観や幸福の形というものをいかに実現してあげるかということを一番に考えたいし、それがあるからこそ、そこにしかないものが生まれると思うんです。
独立後は内装の仕事が中心ですが、今後は建築を手掛けていく予定もあるのですか?
もちろんやってみたいと思っていて、実はもうすぐ札幌に事務所を移す予定なんです(※すでに移転済)。今のような仕事を続けていく上ではサイクルが早い東京にいる方がいいのですが、これから先建築の仕事をやっていくことを考えると、もっとどこかの土地に密着してやっていった方が良いんじゃないかなと。今、東京が求めているものは、商業的なものや話題性だと思っていて、そのような仕事も面白いと感じてはいるのですが、今の時代の状況なども考えてみると、東京に居続けるより面白いことってもっとあるんじゃないかなと感じるんです。
これまで手掛けられてきた内装を中心とした仕事以上に、建築には「社会性」が求められますよね。
そうですね。当然建築には、内装とは比べものにならないくらい多くの制約があります。でも、私はもともと建築から入っているので、むしろこれまでやっていた仕事は、「なんて自由なんだろう」と感じていたくらいなんです(笑)。だからこそ、建築では逆にもっとしっかりしたものを作って、メリハリをつけたいというのはありますね。あと、もう少し質感のあるものを作っていきたいなと考えています。最近の建築は、真っ白で無機質な感じのものが主流ですが、もっとその土地にしかない雰囲気などが伝わってくるようなものを作りたい。「新しかろう面白かろう」なデザインだけではなく、普遍的な質の中で、ちょっとだけウィットも感じられるような大人のデザインをしていきたいですね。
JIN.,CO.LTD
Photo:DAICI ANO

















