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2006年5月グラフィックデザイナーの中沢貴之とフォトグラファーの間仲 宇により、「日常とファンタジー」をテーマとした制作活動をスタートさせる。2007年、各ジャンルのアーティストたちの参加により総勢15名以上のグラフィックコレクティブとなる。現在、作品集の出版、企画展の開催にむけて作品制作中。 contact Nam URL:n-a-m.org E-Mail :info@n-a-m.org |
グラフィックデザイナー中沢貴之と、フォトグラファー間仲 宇を中心にスタートし、現在15名を越えるクリエイターたちが集う Nam 。普段、異なる分野で活動している彼らが、表現における「実験の場」と位置付けるNamの作品は、現実と空想の狭間を漂うような幻想的でシュールな世界観が特徴だ。現実世界にある様々な素材を、写真とグラフィックによってデザインしていくという独自の感覚で、新たな表現分野の開拓を目指し、急速に注目度が高まっている彼らの全貌を探るべく、中沢と間仲に話を聞いた。
Text:原田優輝
おふたりが出会ったきっかけを教えてください。
間仲(以下M):知人を通して知り合いました。その時に中沢さんからもらった名刺がカッコ良くて、「ちゃんとしたデザイナーなんだろうな」思いました(笑)。
中沢(以下N):以前から、ジャンルなどの枠組みを外した実験的な表現はできないかと考えていたんです。そういうことをなんとなく間仲くんに話したら、軽いノリで「イイっすねー」って。軽かった(笑)。今思うと、何かを始める時ってフットワークの軽さって大事な要素のような気もしますね。
間仲さんはもともとグラフィック・デザインに興味を持っていたのですか?
M:僕はもともとデザイナー志望で、グラフィックデザインの学校に行っていたんですよ。そのなかで写真のゼミがあって、結局そっちの方が好きになって今の道に進んだんですけど、グラフィック的な表現もずっと好きでした。だから、例えば宇川(直宏)さんやエンライトメントのような表現には、「写真」「グラフィック」というジャンル関係なく、共感できる部分がありました。
N:逆に僕は、学生時代はいわゆるデザインよりもアートとか音楽、当時アートにとても詳しかった友人に教えてもらった、大竹伸朗さんの作品を知った時はショックでした。それで自分でもニューペインティングを真似た絵を描いたりして(笑)。多分その時は「デザイン」という枠組みの中に収まっているものにはダイナミズムを感じることができなかったんです。だから当時は、大竹さんや湯村輝彦さんが僕の周りのヒーローで、デザイナーになってから、湯村さんだけに見てもらうためにコラージュ本を作って持っていったこともあるくらいなんです。

Namではそれぞれどのような立ち位置で制作に取り組んでいるのですか?
M:Namの場合は、普段の仕事とは違って、極端な話写真だけで表現しなくてもいいと思っているところがあります。例えば、ディレクションの部分に口出しをすることもあるし、あまり立ち位置を考えなくて良いので、スゴく自由にやれていますね。
N:元となるアイデアは僕の方で作ることが多いのですが、それが間仲くんを通して出てくるので、どこか複合的にイメージが生まれていく感じがあります。だから、ある意味バンドに近いような関係だと思います。初めの頃はそれぞれが自分のパートで好きなものを表現したいという想いがあったんですけど、やっていくうちにそういうものがなくなっていきました。皆が専門的なところだけでやってしまうと、結局足を引っ張り合ってしまうことになるんです。例えば、「私はファッションの人だから」というような意識が、Namでは邪魔になってしまう。専門分野から外れていくということは大変なことでもありますが、一緒にやっているうちにお互いそれがわかってきたと思います。
作品の構想はどのように決まっていくのですか?
N:発端は些細な思いつきが多いですね(笑)。順序を逆にするとか、組み合わせをガチャガチャ変えてみるとか。あと、僕個人としては、本来の用途とは違う使い方に面白さを見出すことが好きで、そういうところがアイデアの起点になることもあります。例えば、「ベターライト」という本来であれば絵画等を精密に複写するためのスキャナーのようなカメラがあるのですが、それを使って子供たちをモデルにして人力タイポグラフィを作ったりとか(笑)。本来であれば、タイポグラフィを作る時に、わざわざ勝手に動いてしまう子供をモデルにして、しかもどこを読み込んでいるのかもきっちり分からないカメラで撮影なんかしないでしょうけど(笑)、あえて思い通りにならない制作手法を選ぶと、予想外なものが生まれたりする楽しみもあります。そうした機械の変な使い方とか興味がありますね。

撮影前にラフスケッチは描くのですか?
N:全く書かないこともあれば、一旦きっちり描くこともあります。あと、現場で実際手を動かしながら付け加えていくことが多いですね。完成図はあるのですが、そこからもズレていきたいという意識が強いんです。Namの作品に関しては、すべてを先に固めて、そのクオリティを高めていくという作り方になってしまうと、あまりドキドキしないというか。だから偶然を入れたり、予期されたイメージから少しでも感覚的にズレた何かをつかめればと考えています。
M:普段の仕事だったら、「それはないだろう」ということを、あえて受け入れようとしているところはありますね(笑)。いつもは撮影していて「決まった!」と感じる瞬間があるのですが、Namではそれが「ヤバい、決まっちゃった…」という感じになるんです(笑)。
N:完成図があって、それに向かって作っていくことは大事な事だと思うし、各分野のプロが集まっているわけだから、クオリティも当たり前に高いもの目指していく。でも逆に、あえてそこからズレていくためには、ある意味不真面目でなきゃいけないというか、適当な部分も必要だったりします。それと、ここでもやはりフットワークの軽さは大事だと思います。「バカの壁」じゃないですけど、既成概念を突破するには、ある意味理不尽になる必要もある。Namの良さは、現場で彫刻を作るように試行錯誤しながら進めていけることです。だから、コンテが生きるのは5割くらいにして、残りは現場で完成させるという意識でやっています。急に新しいアイデア入れたりするので、現場はちょっと混乱しますが…(笑)。ただ、今まで自分がスゴいと感じてきた作品も、ある種の「無責任」な凄みがあるものだったし、ようやく自分たちもそういうものにチャレンジできるスタート地点に立てたような気がしています。

それは何かきっかけがあったのですか?
N:琉花ちゃんという女の子のモデルを撮影したことが大きな転機になりました。彼女に触発されることが多々あったんです。それまでは、とにかく色々なものに手を出していた状態で狙いが絞りきれていなく、「何か掴めていないな」と感じていたのですが、琉花ちゃんをストーリーテラーとして位置付けるようになってから作品がユーモラスでヘンテコな方向に跳ね出したんです。もう「なんでもアリだろ」みたいな(笑)。映画『ミツバチのささやき』のアナ・トレントみたいに、配役に決めた時点で、勝手に映画の行くべき方向が決まってしまうような感じでした。
M:Namの制作テーマは寝てる時に見る「夢」なんです。その「夢」というのが、最初は中沢さんや僕の夢だったんですけど、琉花ちゃんを撮った瞬間に、「夢」というのはこの子の夢だったんだと思えたんです。
N:沈殿している脈絡のないイメージを重ねた「グラフィックの夢」のようなものを作りたいというのが、そもそものコンセプトだったんです。
M:琉花ちゃんと出会ったことで、「この子はどんな夢を見るのだろう?」とか、色々とイメージが沸いてきて、スパーンと抜けた感じがありました。


現在は、様々な分野で活動している15名前後のクリエイターがNamのメンバーに名を連ねているそうですね。
N:美術、映像、音楽、ファッションなど、ホントにメンバー構成はバラバラです。最近は海外からも「コラボしたい」というメールをもらったりもするんです。「友達100人できるかな?」的なノリになりつつありますね(笑)。この間はまったくの素人を入れました(笑)。基本的には技能を持ったクリエイターの集まりなのですが、雑用でもいいので制作に関わりたいということだったので、その熱意を買って入ってもらいました。そういう人が入ると、こっちの意識も変わるかもしれないと思って。
M:常に全員がいるということではなくて、基本的には出入り自由でやっています。中心になるのはやはりこの2人で、その都度面白い人なんかを紹介し合って、「何か一緒にやりましょう」と何気なく話しているうちに広がってきた感じですね。
合成などのデジタル処理はどの程度やられているのですか?
N:自分の中で「合成は邪道」と思っていたところがあり、合成するにしても一発撮りで補いきれない部分のみにしていて、基本的には全てセットを実際に組んでいます。合成も使い方の部分に神経を使えば、まだ面白い表現が生まれる余地はあると思っていますが、やはり一発で全てを出来たらそれ以上のものはない。説得力の点でまるで違うんです。そういう完全にハンドメイドなものをいずれはやってみたいです。
M:場合によっては、レタッチだけでひとつの作品を作ることもアリかなと思っています。今専属でやってくれているレタッチャーの人もとても理解のある人なので、そこで何かできるような気もしています。

Namの作品は、「写真」と「グラフィック」、「アート」と「デザイン」など、様々な境界の上にあるように感じますが、そうした枠組みにはどのような意識を持たれていますか?
N:Namに関しては、デザインやグラフィックの中に写真を持ち込んでいるという意識が強いですね。身近にあるモノを使って、変な置き方や組み合わせをしてる感じです。身近なモノでファンタジーを表現したいと思うんです。あと、そもそもデザインというのは社会的なものですから、ある目的に到達することが優先され、それ以外の非効率で不要な部分はみんな捨ててしまいがちです。でも、意外にその捨てたものの方にも何かの本質があるような気がしています。その辺にあるものを使っても作品はできると思うんです。
その考え方は、「アート」にも通じるものだと思うのですが。
N:今はもうジャンルが壊れてきていて、写真は既にアートになっていますし、いつかデザインもアートになる瞬間があるだろうと思います。ただ、本来アートというのは「生き様」に近いものだと思っていて、自分たちがNamでやっていることはどうかと聞かれると、やはり「デザイン」や「グラフィック」だと思います。もう少し言えば、デザインを少しでもいいから壊したいという感覚。気分の話ですけど「フォトアート」ではなく、「フォトデザイン」(笑)。デザインが一瞬違う分野とクロスオーバーするような表現に興味があります。写真なのかデザインなのかよくわからないようなものをやってみたいと思うんです。しかし、そういう地点にはまだまだなので、頑張らないといけないですね(笑)。
M:僕自身も、自分の写真を「グラフィックっぽい」と言われることもあって、それにシックリこないこともあったのですが、そういうジャンルで分けられないような、グサッと斬りつけるようなものがやっていきたいですね。

Namの活動がクライアントワークに還元されることもありそうですね。
N:それもあると思います。Namの活動はアイデアのエスキース(試し書き)みたいなものなんですね。そのアイデアのカタチを変えて、機能を持たせることができれば、クライアントワークにも転用可能だと思います。だから、さっきの「ゴミ箱に捨てたものを拾っていく」ということも、まったく世の中から外れている行為というわけではないんです。むしろそういうところから世の中が面白くなっていくような気もするんですよね。もちろん、最初からそれを考えているわけではないですけど。だって、机とかを全部横に倒して上に重ねて、4メートルの高さにしてみることに何か意味があるの?っていう(笑)。面白そうだったので、実際やってみただけで (笑)。
M:目的意識を最初から持ってしまったらつまらないですよね。
最後にNamの今後の予定を教えてください。
N:Namの作品集をBOX仕様で作りたいです。作品が全然足りないので、もっと作らないといけないですが、音楽をやっているメンバーもいるので、写真1枚に対して1曲を添えるような形態のものが作れたら面白いかなと思っています。架空の映画をデザインで解体するというイメージです。だから、音楽はサウンドトラックのような意味合いですね。自分の中で、それは「正方形」のイメージが強く、「夢」と「箱を開ける」という行為にも近いものがあると思うので、どうしても「箱」にしたい(笑)。あと、できたら展覧会もやりたいですね。

















