|
1970年、イギリス・ブライトン出身。スチールカメラマンとしてキャリアを積んだのち、94年にロンドンへ移住。静物撮影の技法をファッションシューティングに応用することで独自の作風を確立、90年代後半に最も注目を浴びる新世代のファッション・フォトグラファーとなる。その後、ミュージック・ビデオや短編映画など、映像の世界へ進出。彼が脚本・監督を手掛けた2本の短編映画、サイコホラー『LEFT TURN』(01)、視覚効果に富むブラックコメディー『CASHBACK』(04)は、リドリー・スコットの制作会社RSAのプロデュースによって製作された。前作『フローズン・タイム』は、『CASHBACK』をベースに、2005年に制作された初の長編映画で、間もなく公開される今作『ブロークン』は、彼の長編第2作にあたる。
contact SEAN ELLIS URL:www.seanellis.co.uk E-Mail:sean@seanellis.co.uk |
‘90年代後半、新世代のファッション・フォトグラファーとして注目を集めたショーン・エリス。01年の短編映画『LEFT TURN』を皮切りに、映像へと表現の場を広げた彼は、初長編映画『フローズン・タイム』を05年に発表。そして長編第2作として、鏡の向こう側の世界によって浸食されるというシンメトリー・サスペンス『ブロークン』を完成させた。
Text:須永貴子
かつてはファッション・フォトグラファーとして成功したわけですが、映画作家に必要な能力は、また違うものですか?
似ている部分はあると思います。写真は、カメラを持つことで、孤独の感覚を無理矢理作り出すところがあります。映画は逆に、その一瞬だけでなく、時間の流れを捉えることだと思います。その時間の流れのなかで、観客とコミュニケーションを取らないといけないし、もちろん自分が伝えたいことがなければいけない。美しい画をただ撮るだけでは成立しません。そのために必要なものは、自分を信じること。ほとんどワガママと呼ばれるレベルの頑固さ。すべてを自分で決めたがる、コントロールフリークであること。一般的には、問題のある性格のほうがいい。例えるならば、みんなが力を合わせれば、列車だって押せると全員を信じさせるように空気を持っていくことが必要だと思います。

「街中でもう1人の自分を見かける」というアイデアからこの映画は生まれたそうですが、それはコメディにも転化できると思います。それをこのようなサスペンスに仕立てたのはなぜですか?
もともと、とても怖い映画を作りたいという思いがありました。実はこの『ブロークン』も、もっともっと不気味な雰囲気の映画にしたかった。冒頭に詩を引用したエドガー・アラン・ポーの世界観のような、不気味で不穏な感覚というのはいつも様相下にあるという立ち位置から、それを映画の世界に転化したかった。その雰囲気を“mood piece”として再現することが、この映画の狙いだったんです。
ということは、監督にとってホラーや恐怖を描いた映画は身近な存在だったのですか?
そうですね。本当にたくさんのホラー映画を取り込みながら育ってきました。80年代ビデオブームの洗礼を受けた世代にとっては、ビデオ的なジャンルであるホラーはとても身近だった。劇場ではなく、ホームビデオという視聴形態で消費されていったわけだよね。それでもイギリスでは禁止された作品もたくさんありました。たとえばサム・ライミの「 The Evil Dead 」(『死霊のはらわた』)などは当時は観れなかったんだ。そういう作品をどうにかして手に入れようと躍起になることで、自分のなかでホラーの価値というものが上がっていったような気がします。

(c)2008 LEFT TURN FILMS/THE BROKEN FILMS ALL RIGHTS RESERVED.
もちろん、ホラー以外のジャンルも観てきましたよね?
もちろん! 人生の初期の段階ではホラー映画が多かったけれど、その後は人生のステージごとに、多くの映画、様々なジャンルに接してきたと思っています
鏡が落ちて割れたり、バスルームでヒロインの弟の恋人が殺されるシーンなど、ホラーな描写がたくさんあります。そのさじ加減はどうしたのですか?
意識的に計画を立てて、ホラーのクリシェ(決まりごと)と遊びました。観客は作品を観ながら予想し、いわゆる(驚きや恐怖に飛び上がる)ジャンプシーンを待ち望んでいるもの。今回は、その瞬間までの時間を長くして、観客を待たせたことで、良い結果を得られるんじゃないかなと考えました。映画作家として、クリシェを使ったジャンプを利用しながら、遊んでいった感じです。
バスルームのシーンは、ヒッチコックの『サイコ』の有名なシャワーシーンを連想しました。
「リサイクル」という言葉は使いたくないのですが、「リファレンス」として使ったとはいえると思います。たしかに私自身の映画作りが、ヒッチコックにとてもインスパイアされています。『サイコ』が撮られた60年代以降、後世の映画人にとってシャワールームで殺人シーンを撮ることが難しくなりました。もう、風呂場では誰も殺しちゃいけないのかというくらい。でも、もうそろそろ誰かがやってもいい時期じゃないかと思ったし、自分がやったことへの批判や苦情はあったとしても、他の人に道を開くという意味では意義があると思っています。ただし、撮ることは実際的に非常に難しかった。

(c)2008 LEFT TURN FILMS/THE BROKEN FILMS ALL RIGHTS RESERVED.
恐怖を演出する音も、やはりヒッチコック的なクラシカルなサスペンス作品からの影響を感じます。
サウンドを担当したガイ・ファーリーとの、『サイコ』をはじめ、僕らが影響を受けているいろいろな作品についての話し合いには、非常に長い時間を費やしました。僕らの目標は、たいていのことが映画作りにおいて行われてしまっているということを前提として、違うやり方を探してみようということで一致していました。鏡の向こう側にいる存在を、音楽がどう代弁するか。音楽によって、そのキャラクターをどう伝えるか。長い時間をかけて、それに相応しい音楽を見つけて足していきました。いちばん大きなリファレンスとして聞いたのは、現場でかけた『乱』(黒澤明監督)のサウンドトラックでした。ちょっと不気味な音を感じて、それがこの作品に合うのではないかと思ったからです。
赤い色をキーカラーとして使うなど、この映画にはたくさんの謎かけや伏線が仕掛けられていますよね。たとえば、ジーナの乗っている車のナンバープレートの数字とアルファベットは、文字の形が左右対称に見えるんですけど…。
それはまったく意図してないよ。結果的にそうなっただけじゃないかな?

(c)2008 LEFT TURN FILMS/THE BROKEN FILMS ALL RIGHTS RESERVED.
うーん、はぐらかされている気がします…。
疑問に対する答えが返ってこないところに、この映画の面白さがあると思う。答えというのは、だいたいにおいて質問よりも面白くないものなんだよ。それに僕は、自分では考えもしなかったものを観客が見つけることが楽しい。その、車のナンバープレートみたいにね。
鏡を割るシーンの撮影で、スタッフに事故があったそうですね。
全部で事故は4回あり、そのすべてが骨折でした。地下鉄の階段から落ちて、あばら骨を4本折った人。鉄骨が倒れて、脚を骨折した人が2人。でも、そのことによって空気を重くしたくなかったので、作品の中で使うわけではない自分のレントゲン写真を笑いのネタにしていたよ。神経質で不安な笑いだけどね。
日本ではサイコやスリラー作品の前にはお払いに行く慣習があります。イギリスでは?
ないよ。だから4人も怪我したんだね(苦笑)。次は、やり方をぜひ教えてください。

とういうことは、次回作もそのような方向性になりそうなのですか?
ホラーやサイコの要素が含まれるもの、もしくは完全なボディ・ホラー、どちらも撮るかもしれない。いろいろなことに興味を持ちながら、何本かプロジェクトを進めているところです。今回の来日でも、日本の脚本家と脚本を練っているところ。つまり、次は日本で、日本語で撮ることを計画中なんだ。
なぜ日本で撮るんでしょう?
日本のカルチャーが大好きだし、人も好きだし、「何度も帰ってきたくなる場所」だから「撮りたい」気持ちにさせられる。つまり、「この場所で何か言うべきことがあるのではないか?」と思ったからだけど、それがなんなのかは映画のなかで描くつもりなので、今は言いません(笑)。
好きな日本のアーティストは?
たくさんいます。やはり映画が好きなのでフィルム・メーカーで言うと、黒澤明、新藤兼人、今村昌平、北野武 、三池崇史etc…。日本には偉大なフィルム・メーカーたちと、素晴らしい歴史があると思います。
『ブロークン』は、11月15日より、テアトルタイムズスクエアほか全国ロードショー。















