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1981年福井県生まれ。2001年からOMB Ltd.にて音楽映像監督として活動。エジンバラ国際映画祭、 RESFEST など国内外の映画祭に参加。2007年に独立し、さらなる活動の場を模索している。
contact 清水康彦 E-Mail:symyzu@gmail.com |
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2002年に発表した全編アニメーションによる Hi-5『ability』のミュージック・ビデオで、弱冠21歳にしてディレクターデビューを果たした清水康彦。その後も、”恐るべき子供”として、様々なアイデアや手法をカットアップしていく独自のアプローチと、CGを駆使した光と色彩にあふれるハイブリッドな表現で、映像表現の新たな可能性を提示し続けてきた彼は、今や若手映像クリエイターの筆頭格として多方面から注目を集める存在だ。そして昨年、遂に独立を果たし、ますますそのクリエーションに磨きがかけている彼に、その創作の源泉を探るべく取材を行った。
Text:原田優輝
映像表現を志すようになったきっかけから教えてください。
小学生の頃からテレビが大好きでしたね。でも、当時はまだ一視聴者として見ていただけで、それを作りたいという気持ちはまったくありませんでした。その後、自分が作る側になることを意識するようになったのは学生の頃からです。グラフィック・デザインの専門学校に進んだのですが、そこでパソコンの面白さに気付いてからは、徐々に映像のソフトなんかも触るようになっていきました。
清水さんにとって、映像の魅力はどのようなところにあったのですか?
やっぱり映像は表現の幅が広いと感じるんです。グラフィックなどの静止画は、その前後にあるストーリーを見る側に想像させるものが多いですよね。でも、僕はその前後にある因果関係も自分で見せてあげたいんです。普段頭の中に浮かぶイメージも映像であることが多いです。

『Surdo』SPECIAL OTHERS(2007)
専門学校を卒業してからの経緯を教えてください。
学生の頃にインターンシップで行っていた地方のCM制作会社から内定をもらっていたのですが、自分が本当にやりたいこととは違うような気がして、上京してミュージックビデオを専門にしている映像制作会社に入れてもらったんです。それが20歳の頃ですね。最初はアルバイトとして、電話番やお茶出しなんかをしていたのですが、それから徐々にディレクションなどもやらせてもらうようになっていきました。
元々ミュージックビデオへの興味が強かったのですか?
うーん、どうなんですかね…。僕は福井県出身なのですが、普段見られるミュージックビデオなんて、地上波の音楽番組で流されるヒットチャートものばかりだったし、 SPACE SHOWER TV や MTV を見ているような人もいなかったから、あまり身近ではなかったかもしれないですね。
どんなクリエイターに魅力を感じますか?
作品から「この人は絶対面白いだろう」と感じられるようなものを作っている人が好きですね。やっぱり創り出した映像の裏側に、「人」が見えちゃうものなんですよね。魂のこもった作品というのはそれが伝わってくるし、イマイチ振り切れていない映像を作っているのは、そういう人だったりしますよね(笑)。

『未完成ライオット』Monobright(2007)
話を戻しますが、映像制作会社に入られてからは、主にどのような仕事をされていたのですか?
割と入ってすぐに撮影現場に連れて行ってもらったりしていたのですが、何もわからない自分にとっては、とりあえず「見る」ことしかできなかったんですね。でも、ボケーっとカメラの近くやモニターの前なんかにいると、スゴく怒られるんです(笑)。一番下の人間がやるべきことは、スタッフの食事を用意したり、ロケで人止めをしたりということなのですが、それをやっていると実際に作っているところが一切見られないし、なんかピンと来なかったんですよね。今思えば、自分の立場をわきまえていなかったと思うのですが…(笑)。それからは、当時会社にはグラフィッカーがいなかったこともあって、モーション・グラフィックをやれば一番になれるかもしれないと思い、そこに力を入れていくようになったんです。そこではある程度やりたいことも表現できたし、ちゃんと活躍できているという実感もありましたね。
その時期からディレクターをやりたいという気持ちはあったのですか?
映像をやるならディレクターがやりたいというのはありましたね。やはり自分の意思で進んでいきたいという気持ちが強いんです。でも、実際にディレクターを初めて任されたHi-5『ability』のミュージックビデオでは、実写でもモーション・グラフィックでもなんでもやっていいという話だったのですが、自分が何を描きたいのかもよく見えていなかったし、撮影現場でディレクションしている姿もまったく想像できなかったんです…。そこで、とりあえずひとりで完結できるものを作ろうと思い、アニメーションを作ったんです。予算はなかったのですが、時間はたっぷりあったので、2ヶ月かけて死ぬ気でがんばりましたね。ここが勝負時だというのをどこかで感じていたんです。

『ability』Hi-5(2003)
この作品のアニメーションはすべて手書きによるものなんですか?
そうですね。最初の1ヶ月くらいはCGで作っていたのですが、思うような質感が出せずに、結局全部描き直しました。自分ならではの表現にしたいという想いと、見た人をビックリさせてやろうという意識で作っていました。この作品をきっかけに少しずつディレクターとしての仕事が増えていきましたね。
その後、2007年に独立されるわけですが、最近はどのような意識で映像制作に取り組まれているのですか?
モーション・グラフィックをメインでやっていた頃は、ストーリーやテーマ性よりも、自分の頭の中にあるイメージをどんどんカタチすることを優先していたところがあったのですが、最近はそうしたビジュアル的な部分から入るのではなく、映像のテーマや柱になる部分をまずじっくり考えます。これまでは手数をかけてクオリティを高めていく作業に力を入れていたのですが、一番大切なのはいかに自分なりの切り口で見せていけるかというところなんじゃないかと思うようになってきましたね。
その切り口を考える上で、どのようなものをヒントにしていますか?
ミュージックビデオのアイデアを考える時は、曲そのものの世界観よりも、そのミュージシャンがどういう人達で、今の音楽シーンのなかでどのような立ち位置でやっていこうとしているのか、ファン層はどんな人達なのか、ということなどをリサーチした上で、それらを俯瞰した上でアイデアを考えていくことが多いです。曲の世界観を表現した映像の方が、ミュージシャン本人からするとベストなのかもしれませんが、まずは自分たちがどんなアーティストかということを視聴者にプレゼンテーションして、共感してもらうことの方が大切だと思うんですね。そのミュージシャンがその曲を出すことによって、どういう方向に向かっていきたいのかということをヒアリングした上で、そのためにどうすればいいのかということを提案するようなスタンスでやっています。

『PROMiSE』MiChi(2008)
最近は実写作品の割合もだいぶ増えてきているようですね。
実写の方がよりストレートな表現ができるんじゃないかと思うようになりました。自分の実体験から来るインスピレーションに勝るものはないと思っているので、おのずとリアルに表現する方向に流れているのかもしれません。もちろん今もグラフィックはやりますし、アニメーションだから伝えられることもあるので、一概にどっちが良いということではないのですが。映像を作る時に、実写とCGのどちらにするかを先に決めることはなく、そのアイデアが現実的に可能であれば実写、不可能であればCGという風に使い分けています。例えば、「人が光る」というアイデアがあった時に、服の中から光をもらして実写で撮ることもできるとは思うのですが、そうするとどうしても「服の中に何かを仕込みました」という感じが出てしまう。だからストーリーにより忠実な表現にするためにCGを使います。最近は特に、リアルな世界で起こるある瞬間や衝動を、ハイパーに描くという表現に興味がありますね。
映像的なアイデアを考えていく上で大切にしていることを教えてください。
シンプルで強い表現というのは常に意識しています。様々な要素が複雑に絡み合っているものだと、ポイントがおぼろげになってしまうことがあるように感じます。基本的には、クサいくらい直球勝負のものが好きですね(笑)。でも、人間ってそんなにシンプルなものでもなく、複雑な志向をもっているものですよね。だから、それをいかにシンプルなカタチにして、自分なりの表現で伝えていけるかというところを大切にしていますね。あと最近は、映像というフォーマットを取り払ったとしても残るような発想や表現を提供できないとダメだなと感じています。「映像がないとダメなヤツ」とは思われたくないんです(笑)。
それは、先ほども話していたテーマや切り口に独自性を求めたいという志向にもつながりますね。
そうですね。映像を作るために必要なものは、「僕が持っている映像感覚」ではなく、「それ以外の僕の感覚」なんです。少し複雑ですが(笑)。そこを突き詰めていくことで、誰とも被らないオリジナルの表現が生まれていくと思うんです。だから、映像のことを考えていない時間というのは意識的に作るようにしています。映像を取り払った時に残る自分の魅力とは何かということを考えていくと、良くも悪くも新しい発見があります。それをまた映像にフィードバックできるようにしたいですね。
最近は『¥10,000』というオリジナル映像を制作し、それを商品として販売するという試みもやられましたよね。
はい。僕が作った映像が、自分自身が思いつかないような用途で使われるということがあってもいいと思ったんです。売る側の目的ではなく、買う側の目的によって選ばれる映像とでも言いますか。こういう映像があっても良いんじゃないかとか、もっとこういうところに映像が使われてもいいんじゃないかというようなことはよく考えています。もし誰かがこの映像を1万円で買ってくれたとしたら、僕が思いつかないような使い道を見つけてもらいたいですね。

『¥10,000』Original Movie(2008)
特に最近は映像のあり方にも色々なカタチが生まれてきていますよね。
動画共有サービスの登場で、受け手が映像の価値を自由に決められる時代になったと思います。それはそれで面白いのですが、同時に魂の感じられない映像も増えてきているような気がしています。例えば、 YouTube などを見ていても、プロが莫大な予算をかけて制作した映像よりも、素人が適当にカメラを回したような素朴な作品の方がアクセスが多かったりするのですが、当たり障りのない映像に対して、見る側が魂の乗せていくというものばかりになってもつまらないと思うんです。やっぱり作り手の魂が相手に響くようなものも必要。そうした映像が多くの人に見られるような環境づくりが大切だと考えています。
最後に、今後の展望について教えてください。
自分にしかできない仕事を探していきたいと思っています。

『BERSERKER TUNE』ストレイテナー(2007)

















