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アニメーション作家・監督。1959年生まれ。大阪デザイナー学院を卒業後、1980年アニメーション制作会社マッドハウスにてTVシリーズの動画・原画を担当。1984年よりフリーとして活動。1988年『フランケンの歯車』で監督デビュー。1989年大友克洋作品『AKIRA』で、設定・作画監督補となる。1989年には STUDIO4℃創設メンバーとして活動を開始。ケン・イシイのミュージッククリップ『EXTRA』の斬新な映像により世界的に注目され、その後もフォーマットにとらわれない自由なスタンスで、『永久家族』(1998)、『音響生命体ノイズマン』(1997)など、刺激的な作品を次々と発表。2003年にはオムニバス・アニメーション映画『アニマトリックス』の1エピソード『Beyond』を制作した。映像作家として活動する傍ら、イラストレーター、DJ、メイキング演出なども行っている。
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『次元爆弾』(『 Genius Party Beyond<ジーニアス・パーティ・ビヨンド>』 / 2008) |
『次元爆弾』(『 Genius Party Beyond<ジーニアス・パーティ・ビヨンド>』 / 2008) |
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アニメーション製作会社が作家たちに自由な作品制作の場を提供する。この慣例のルーツを辿ると、手塚治虫が『ジャンピング』をはじめとする実験アニメ作品群を若いアニメーターたちに作らせていたことや、80年代、アニメーション会社に潤沢な予算があった頃の劇場用短編映画やOVA作品があげられる。だが、その後こうしたオムニバス映画が大きく注目されたのは、95年に大友克洋が指揮を執った『 MEMORIES 』が最後かもしれない。それから十数年のブランクを経て、 STUDIO 4℃が昨年発表した『 Genius Party<ジーニアス・パーティ>』は、STUDIO 4℃とその周辺の映像作家が集った実験性の高い短編オムニバス映画として注目を集めた。そして、間もなく公開となる続編『Genius Party Beyond』[ジーニアス・パーティ・ビヨンド]では、STUDIO 4℃の象徴とも言える森本晃司が短編『次元爆弾』を携え、満を持して登場する。
Text:古屋蔵人
昨年に引き続き、「Genius Party」シリーズ第2弾となる『Genius Party Beyond』[ジーニアス・パーティ・ビヨンド]が公開されますが、近年、こうしたショートアニメのオムニバス映画が継続することは珍しいことのように思えます。
元々このプロジェクトは、継続することを前提に始まっているんです。今、劇場用の長編アニメーションを作ろうとすると、予算的にも労力的にも相当大変なんですよ。それだけのスタッフもアニメーターもいるわけじゃないですしね。でも、短編だったら作家たちの自由な表現もできるし、やりたいことをみんなでやってみよう、と。昔からそういう短編オムニバスの企画は現れてはまた消えて行ったんですけど…。
森本さんご自身も、87年公開のオムニバス作品『ロボット・カーニバル』の中の一編『フランケンの歯車』)が監督デビュー作ですよね。
監督をやると、アニメーターとして作業する時とかに見えてくることが変わってくるんですよね。そういう意味で若手も早い段階で何か作品を完成させる事が大事、足りない事を早く理解した方がいいと思っています。最近は、個人で作品を作ってWebで発表という流れもありますけど、やっぱりアニメーションというのは共同作業に醍醐味があるので、私は皆で創りたいですね。アニメの場合、脚本ももちろん大事だけど、より絵を生かした演出が必要になってくる。私達アニメーターは結局絵描きなんだから、絵が、シーンが生きてないとダメなんですよ。だから絵で発想する方向、そこに戻っていくんじゃないかなと思ってます。
今回の作品『次元爆弾』は、まさにその部分に特化した作品ですね。
近年のアニメーション製作にはあまりにも大変な作業が多いので、それを見た若い人たちが、果たして「オレもこういうものを描いてみたい!」と憧れるのかというと、疑問なんですよ。そういう意味では「ポニョ」とかはみんな「やってみたい!」って思うんじゃないのかな? 宮崎(駿)さんは今回そういう部分を提示できたのかなと思いますね。
例えば、新海誠さんのようなすべてを一人でこなすスタイルについてはどう思われますか?
あれはあれで良いと思うんですけど、私は作らないですね。新海さんについては、彼が一人でも作れる方法や環境を発見したということが重要であって、それをみんながマネする必要はないと思っています。そういうムーブメントを作ってしまったことには、多少罪があるとは思うんですけどね(笑)。
それは手塚治虫が『鉄腕アトム』を低予算のリミテッドアニメーション体制で作り上げてしまったことに似ているのかもしれないですね。
結局自分にあったスタイルを見つけなくちゃいけないんで、個人でも作画が凄くて「ついにここまでやる個人作家がきましたか」という世界新記録みたいな作品なり人が、どんどん出てくるわけですからね(笑)。いつまでも新しい作品が生まれるのですが、ハードが変わらない限りは、根本的には変わっていかないとは思ってますけど。だから、コンピュータの次のハードが死ぬ前に出来てほしんですよね。長い人間の歴史を返り見ると、コンピュータの登場によって劇的に環境は変わりましたよね。アニメにしてもまさに一人で作れる環境になったし、音楽もコンピュータが大きく変えましたからね。でもその後「2001年」はとっくに終わってしまったし、それも全然輝かしい未来ではなかった。宇宙に宇宙人がいれば、みんなそっちにいったんだけど、残念ながら見つからなかった(笑)。
新海さんのような作家が象徴的な存在だと思うのですが、アニメーション制作の現場にコンピュータが導入された90年代の劇的な変化から、もはや一周した感もありますよね。
ありますね。コンピュータが“謎のハコ”だった時代から、すでにそこには優秀な職人くらいの機能は入ってたと思うんですよ。でも、そいつを働かせるためのセッティング作業が増えたり、余計なものも増えるわけで。それが大変なんだよね。それだったらもう自分でやっちゃうよって(笑)。
『次元爆弾』(『Genius Party Beyond』[ジーニアス・パーティ・ビヨンド]より。)
ところで、今回の作品にはどこかミュージックビデオのような雰囲気もありましたが、森本さんは音楽からの影響が強いですよね。
いやあ、もうメチャクチャ強いですね。音楽によって作風がバラバラ変わりますからね(笑)。
『ロボットカーニバル』や『彼女の想いで』の雰囲気もありますが、94年のケン・イシイ『EXTRA』以降はもうほとんど…。
そっちの方向ですよね(笑)。イシイさんと出会って、やっぱり自分はテクノが好きなんだなというのを再確認しましたね。クラシックが好きな時期もあったんだけど、結局踊れるものが好きなんだな、と。やっぱりクラフトワークなんだなって(笑)。
『次元爆弾』(『Genius Party Beyond』[ジーニアス・パーティ・ビヨンド]より。)
『EXTRA』はいわゆる「クールジャパン」の発端の一つだったんじゃないかなと思うんですよ。もちろん以前に『 AKIRA 』がありますけど、ヨーロッパで評価されたテクノという逆輸入の音楽と、純国産のアニメが合わさって、「やっぱりカッコいいものなんだな」と日本人として誇りを持てた瞬間でした。
それ以前のテクノのミュージッククリップは、電子音がピコピコ鳴っているような、今で言うミニマルっぽいイメージのものが多くて、もっと違うカタチがあってもいいかなと思っていたんです。日本って文化がグチャグチャに混ざっていて、色んなものを取り入れられる国民性を持っているので、そういう雑多なイメージをテクノに当てはめてみたかったんです。
最後に、森本さんの長編作品の可能性について教えてください。
企画はありますけど、まだゴーが出てないんです。ただ、アニメーション映画を上映する場所を変えたいと考えてます。例えば、クラブみたいな所でやってもいいかなと。踊っている時って気分的に下を向く感じが多いから、床にスクリーンがあったりすると面白いかもしれないし、球体のような上も下もわからないフロアで踊るのも良いですね。アニメーションは必ずしも映画館で観る必要はないと思っているし、ちゃんとした映像イベントっていうのもまだないですしね。特に今回の『Genius Party Beyond』[ジーニアス・パーティ・ビヨンド]のようなオムニバス作品は、違う上映の仕方ができたらいいなと思ってます。映像を作るだけじゃなくて、ハコから提案していきたいんですよ。
『Genius Party Beyond』[ジーニアス・パーティ・ビヨンド]は、10月11日よりシネマート六本木ほか全国順次ロードショー。
『次元爆弾』(『Genius Party Beyond』[ジーニアス・パーティ・ビヨンド]より。)















映画『Genius Party Beyond』公開中です。
http://gpbeyond.jugem.jp/
たむらぱん「ゼロ」 『Genius Party Beyond』 mix ver. PVも見てください。
http://myspacetv.com/index.cfm?fuseaction=vids.individual&videoid=44382029