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1977年東京生まれ。artless Inc.代表。グラフィックデザイン、アートディレクション、ブランディング、インタラクティブ、映像、インスタレーション、空間演出など、ジャンルやカテゴリーに縛られず、広い視野でデザインを考え、活動している。また、国内外でのエキシビションやプロジェクトの参加及びキュレーション、各メディアへアートワークの出品など精力的にアーティスト活動も行う。NY ADC賞、One Show、グッドデザイン賞、東京インタラクティブ・アド・アワード等を受賞。
contact artless Inc. URL:www.artless.co.jp www.shunkawakami.jp E-Mail:info@artless.co.jp |
TycoonGraphics(2008) |
TycoonGraphics(2008) |
leosato.com (2008) |
Soothe (2008) |
MERRY (2008) |
GYRE OMOTESANDO (2008) |
10 Year Clock (2007) |
ISSEY MIYAKE (2008) |
ISSEY MIYAKE Xmas "Love for 2007"Project (2007) |
giuliano Fujiwara (2008) |
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artless(2006) |
null(2006) |
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川上俊。カワカミシュン。Shun Kawakami。artless、nullといった名義でも活動を展開。その一端を紐解けば、『+81』のエディトリアル、映像製作会社WOWのコンセプトブックなどの先鋭的なアートディレクション&グラフィックデザイン、Webサイト、インタラクティブデザイン、CIデザインにブランディング、映像、空間演出、さらに、削ぎ落とされた構成の中に日本の美意識を感じさせるアートワーク展開など八面六臂。だが、各賞を受賞する気鋭と目されながら、多名義にして多方面で発表される謎めいた作風ゆえ、その全貌について知る者は少ない。グラフィックそれ自体の可能性を切り拓く現在形の俊英——カワカミシュンとは何者か。知られざる実像に迫るインタビュー。
Text:深沢慶太
2007年にアートディレクションを手掛けた、映像製作会社WOWの10周年のコンセプトブック『WOW10』が世界的な広告賞『One Show』を受賞したそうですね。
そうなんです。去年もnull名義で手掛けた アーバンリサーチ
nullのほかにも、artlessという名義や個人名でも活動をされていますよね。それぞれの展開について教えて下さい。
artlessは元は個人の作家名だったのですが、今はクライアントワークを手掛ける際の会社名でもあります。それに対して、『Numero TOKYO』からの依頼で手掛けたアートワークなどは、作家活動ということで個人名義にしています。nullはエキシビションのコンセプト名です。nullには僕に影響を与えてくれたクリエイターたち、合計15人が参加してくれています。
null名義では展覧会も開催されていますね。
僕がgallery ROCKETで個展を開いた時に、京都のギャラリーから「同じ展示をお願いしたい」という依頼が来たのですが、京都の土地に合わせた展示を新たに企画したかった。でも、準備期間が2ヶ月しかなくて間に合わない。そこで自分が一緒にやりたいと思う人たちに声を掛けていき、庭や日本建築の余白や空間から、“空(から)”の状態をコンセプトにしようと考えて、nullと名付けたんです。「null」というのは「消去する」という意味のプログラム言語なんですが、仲間のプログラマーが教えてくれて、ドイツ語では「ゼロ」の意味、英語では「無効」という意味になります。基本的にネガティブな意味を持った言葉が好きなんですよ。ネガティブな言葉の裏側にある意味を考えてもらうのが面白いと思うんです。
その感覚に共通しますが、ヴィジュアル作品にも伏線のようにメッセージを込める作風は、非常に巧妙だと思います。
でも、僕は基本的に不器用なんですよ。クライアントワークでも派手なデザインはできないし、自分の得意なことしかしない。言ってみれば、勝てる相手としか試合をしない…、宮本武蔵みたいに(笑)。
しかし、クリエイターに共通の悩みとして、自分の好きなことだけで生活が成り立つのか、というジレンマがあると思います。いかにして現在のスタンスを築いてきたのでしょうか。
やりたいことを中途半端にやらないようにしていたら、類が友を呼んで、幸運な出会いがたくさんあって今に至ります。もちろん、フリーになりたての頃は色々な仕事をしました。その中で、自分の得意な部分が見えてきた一方、嫌いなデザインの仕事が必ずうまくいかないこともわかってきた。お金儲けが目的で引き受けた仕事は絶対にうまくいかないんですよ、僕の場合(笑)。
美術学校にほんの少しだけ通って、20歳になる前にデザイン事務所に就職して、そこで3年間働いて独立しました。でも、2年目くらいからartless名義で個人の活動もスタートさせて、「自分の作品を発表する場がほしい」と思い、Webを使い始めた。それが1998、99年頃のことで、当時はまだWebが今よりもずっと発展途上な状態でしたから、駆け出しの若い人にも仕事が回ってきた。それがきっかけで個人的な仕事の依頼が増えてきて独立しました。
artless Website (2008)
『WOW10』(2007)
2月に刊行された、Webクリエイターのインタビュー集『記憶に残るウェブサイト』(BNN新社)で、川上さんはインタビュアーとADを手掛けていますが、ここでは主にこの10年のWeb業界の推移が語られていますね。まさにご自分の経歴を振り返ったかたちでしょうか。
そうですね。10年程前にFlashがリリースされて、そうした新しい技術で遊んでいた若者たちが、この10年を経てWeb業界の第一線で活躍している。だから自分にとってもラッキーなタイミングだったと思います。nullで参加者の半分をWebクリエイターにしたのもそういう背景からです。例えば、西田幸司くんのディティールの繊細な作り込みは突出しているし、他にもプログラムでグラフィックを作ってきたりと、Webクリエイターの作るグラフィックはとても面白いんです。今から10年後には表現活動もWebクリエイターによるものが主体になるのかも。紙のみのデザイナーは危うくなるんじゃないか、と思うんです。
大胆な発言ですね!
もちろん、解像度の問題や印刷技術に対する理解などハードルはありますが、Webの人の方がグラフィックに対する考え方が広い。平面にとらわれず、展開そのものや時代や様々なメディアの可能性について考えているように感じます。Webは“ヴィジュアル・コミュニケーション”に秀でていると思うんです。でも一方で、プリントのデザイナーの細部へのこだわり、文字/書体のバランス、文字組や詰め、平面構成などはさすがで、モノとして作品を作るので、そこへのこだわりや引き出しが本当に多い。僕はその両方が好きなので、紙とWeb、どちらにも振り切らずに中間にいたい。実は、僕は元々インテリアの専門学校に入りたかったんです。小中高とサッカー1本で過ごしてきて、「自分はプロになれない」と気付いた。そこで第二希望のインテリアの勉強を始めたんです。その時の経験から言うと、建築家が自ら構造計算や施工をしないのと同じように、Webの世界を覗いた瞬間から、この世界もいずれは分業になると感じました。実際に、SPF DESIGNの鎌田くんの作品に出会ったのは、僕より3歳年下の彼がまだ20歳くらい頃の話ですが、「20歳にこんな作品を作られたら自分はとても敵わない」と思って、自らFlashをいじるのをやめたんです。
つまり、自分の得意分野で勝負する姿勢は、当時からブレていないということですね。
サッカーに打ち込んでいた頃、「自分ができないプレイはするな! 自分の能力に合ったポジションを考えろ!」と叩き込まれたことが原点です。あと、「動きを体で覚えないと、良いプレイはできない!」とも言われましたが、僕のデザインは条件反射的なんです(笑)。だから、デザインで悩むことがあまりない。GTの伊藤直樹さんに「スポーツみたいにデザインするね」と言われましたが、持ち帰って考えるのではなく、打合せの現場でアイデアをどんどん出しますから。
(左)ikebana1-4、(右)collaboration art deck for FTC(2008)
そして今、artlessの規模を縮小して、個人名義の活動を増やしている理由について教えて下さい。
『WOW10』と『記憶に残るウェブサイト』で、この10年を振り返ったと同時に、この先の10年後の自分がどうありたいか考えたのがきっかけです。これから自分自身をきちんと組み上げていくにあたって、“個”に戻って自分を見つめ直そう、と。
まさに心機一転という印象ですが、現在の活動と今後の予定について教えて下さい。
WOWのブランディング関連や、ジュリアーノフジワラのアートディレクション、
ISSEY MIYAKEのWebに加えてプリント関連のデザイン、新しいところではブリヂストンの海外展開のみをしているブランドPotenza AdrenalinのWebと印刷物や広告などのリブランディングなどもやっています。ただ、その中でも個人的なアートワークの活動をあえて目立たせてはいます。表現としては日本的な感覚に心惹かれますね。『WOW10』がきっかけで池坊の石渡先生と出会い、いけばな教室に通ったり、若手の書家宮村弦さんとも出会い、一緒に書道的なグラフィックを加えた作品を作ったり。…老成しすぎかな(笑)。Webと紙の境界もそうですが、デザインとアートの境界線上にもいたいと思っています。じつはそこが一番、日本的な感覚に近い場所なんじゃないか、と思うんです。
Artwork for Art with Sound™ in Berlin(2008)












