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クリエイティブディレクター。64年福島県生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒。博報堂を経て、03年風とロックを設立。05年『月刊 風とロック』創刊。TOKYO FM「風とロック」(毎週土曜24:30~)パーソナリティ。NHK「トップランナー」(総合テレビ 毎週月曜日24:10~)MC。
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風とロック
Tel:03-3403-9933
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10年を越えるロングラン展開で、今やひとつのメディアとなったタワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE」、同一の設定で展開される5つの企業の5つのCMを浅野忠信が演じた“ルーレットCM”、52人のお笑い芸人を登場させた資生堂「uno」、フリーマガジンの概念を覆した『月刊 風とロック』の発行etc…。90年に博報堂に入社して以来、「ひとり博報堂」を名乗り圧倒的な存在感を示しながら、03年に突然の退社。その後独立し、「風とロック」を立ち上げた箭内道彦は、広告業界の異端児として、常に話題の中心となってきた。「人と同じであること」を拒み続ける彼のクリエーションから強烈に感じる「アンチ精神」を、箭内は「ただの逃げ」と言ってのける。だが、その「あえて反抗しない」精神が、広告業界における最大の異物として、新たな価値観を提示し続けてきたことは間違いない。そんな彼の存在は、広告という幻想を操る道化師のようにも、現代を見透かすリアリストのようにも見える。あくまでも広告というメディアをベースに置きながら、様々な分野のクリエイターたちを巻き込み、彼が展開する壮大(!?)な実験にはどのような想いが託されているのだろうか? そして、広告が向かうべき未来像とは?
Text:原田優輝
まず始めに、会社名「風とロック」の由来を教えてください。
基本的に僕はすべて「後付け」でやってきているんですよ(笑)。これも最初から確固たるポリシーやコンセプトがあったというわけではまったくなくて、「風」と「ロック」という言葉を先に見つけて、それに後から意味付けしていった感じなんです。よく「名は体を表す」と言いますが、逆に「体が名になる」と言うか、名に導かれて、そうなろうとしていく場合もあると思うんです。だから、僕自身が「風とロック」のような人間だったのではなく、「風とロック」という名に僕自身が縛られて、どんどんそこへ向かいつつあるというドキュメンタリー的な面白さが、そこにはあると思っています。
なるほど。確かにそのような「自然と流されていく状況を作る」というアプローチが、箭内さんのクリエーションの大きな特徴のひとつかもしれないですね。
それは間違いないですね(笑)。こう言ってしまうと少しカッコ良すぎるのですが、僕は「奇跡」が好きなんです。自分の力で何かを切り開いていくことよりも、たまたま見つけたものや出会ったものを最大限利用していくというやり方をしてきているので、そうした「あやふやさ」とか「いい加減さ」というのは、結果的に「風」という言葉にも当てはまっていると思っています。「風」ってカタチがないものだし、人を気持ち良くさせるものから不愉快にさせるものまで、色々な「風」がありますよね。それに(「風」には)何かに立ち向かっていくイメージもあるから良いかなと(笑)。
先ほど話していた「名前に縛られる」という状況は、周囲のメディアにも言えることだと思います。「“風”のように広がる」とか、箭内さんが取り上げられる時には、お決まりのようにそうした言葉が付いて回っています(笑)。
そうそう。「“風”穴を開ける」とかね(笑)。それもまったく予期していないことではないんです。例えば、雑誌の取材を受けた時に、自分のなかでは「3」くらいの気持ちしかないことを、「7」くらいにして話してしまうと、誌面では「10」くらいの強さになってたり(笑)。そうすると皆が僕のことをそういう人間だと思い始めて、そのうちに自分もそれを演じる面白さを知り、使命感も背負い始めるというか…(笑)。
そこには、「理想」と「現実」のギャップのようなものもありそうですね。
みんなが自分に対して思っていることと、自分のなかにある脆さみたいなものの狭間で苦しむ時もありますよ。でも、その理想像に憧れている自分もいる。その両方があることが面白いんです。以前に、僕の存在を「バーチャル」と言った人がいたんですが、それは割と当たってるなと思うんです。「何かを壊してくれそう」とか「今までにない場所に連れて行ってくれそう」とか期待される反面、そうした「幻想」みたいなものを商売にしているインチキ野郎という気持ちもある…。


『月刊 風とロック』
そもそも「広告」というメディア自体が「幻想」であるようにも感じます。でも、箭内さんはそれに守られるのではなく、常に戦っているイメージがあります。
よく「無防備」とか「丸腰」とか言われますね(笑)。毎回大赤字を出しながらフリーペーパー(『月刊 風とロック』)を出すとか、自分でも血を流したり、ボロボロになりながら「インチキ」をしていると、それがある種の面白い「インチキ」になるというか、少し説得力も出てくるんですよね。そこにもつながるのですが、必ず「両側」をやっていくということを大切にしています。例えば、今こうして取材を受けていますが、一方で『月刊 風とロック』の取材では僕がインタビュアーになる。ラジオやテレビを作る側でありながら、出演者としても参加したりね。自分でデザインしたり、コピーを書いたり、写真も撮るけど、それらを人に頼むこともある。「両側」を体験することで得られる感覚や体得できるものってスゴくあるんですよね。
現在手がけられている仕事を通して、どのようなことをしていきたいと思っていますか?
最近は、「世の中のため」とか「誰かのため」とかいうことだけで全部が回せないかなと思うんです。例えば、サンボマスターのミュージックビデオの仕事を頼まれると、「これだけ好きな連中の曲のためなら、自分のギャラを残しておくのももったいない!」とばかりに、セットとかにお金を使っちゃったりするわけですよ(苦笑)。自分が好きな人たちを応援するためだけに、「お金要りません、何日でも徹夜します」と言ってやり続けるなんて、もはや仕事とは呼べないし、そんなの絶対成立しないんですけど、結局それが一番面白いカタチだと思っているんです。気が付くと、「今日は1円も稼いでいない」とか「社員もいるのにこれで大丈夫か?」と思うこともありますけどね…。

『光のロック』サンボマスター PV
メディアの種類や大小を問わず、様々な仕事を手がけられているようですが、あくまでもすべてのベースは「広告」からブレていないように感じます。
そうですね。広告業界の人からは「もはや広告じゃない」と言われることも結構あるのですが、例えば『月刊 風とロック』を作っていることも、自分のなかでは好きなアーティストをたくさんの人に「広告」するという仕事なんです。(広告を)誰かに何かを伝えるメディアという意味で捉えているので、ラジオで喋ったり、テレビで司会をすることも一緒。そういう活動が、本業のCMやポスター制作にもフィードバックされていくんです。まったく別のところで見つけた法則のようなものをCMに持ち帰ることができれば、(CMが)もっと活性化していくと思うんです。
これまでにも、辻川(幸一郎)さんや宇川(直宏)さんなどの異業種のクリエイターから素人まで、様々な才能を広告の世界に引き込んできていますよね。
一時期、広告が(広告)業界の中だけで完結していた時期があって、それがスゴくつまらないと思っていたんです。その頃は、とにかく「初めてCMを作る人としかやらない」と決めて、違う畑のクリエイターと一緒にやっていましたね。今までにないものが絶対にできるという確信のもとで、毎日が初期衝動の連続というか、良くも悪くもヤバい日の連続で、スゴく楽しかったですね(笑)。

「GANGSTAR-PLANNER」
TOKYO FM『風とロック』、TV Bros、au『風とモバイルLab』のリスナー、読者らがCMプランナーとなり、そのなかから優れたアイデアを箭内がプレゼンするプロジェクト「GANGSTAR-PLANNER」。
そうした活動が、当時の広告業界とカルチャー/クリエイティブ・シーンをつなぐ唯一の橋渡しになっていたようにも思います。
そもそも広告というメディアは、アートや音楽、映画など、すべてのものをつなぐ場であるべきだと思うんです。例えばCMなんかは、流通システムを支えることができる程度の担保と、理解あるクライアントがいれば、ある程度の予算の下で実験が許される珍しいメディアなんじゃないかと思うんです。その実験がパブリックに広がっていきますしね。例えば、深夜番組でそういう実験をしても、それに興味のある人にしか触れられないですよね。でも、CMを始めとする広告というものは、ある種の無差別攻撃で、見たくなくても目に入ってしまう。ターゲットを特定していないところに面白さがあると思うんです。
今後のCMの可能性を考えた時に、興味を持たれていることはありますか?
テレビで見られる「15秒間のコンセプチュアル・アート」が作れないかと思っているんです。そもそも広告は、クライアントからお金をもらって、商品を売るために作るものなので、作品と呼ぶべきものではないのですが、その固定概念が(CMの)進化をストップさせてきた部分もあるんじゃないかなと。80年代に、広告がアートをネタにしていた時期があったのですが、当時はあくまでもモチーフとしてアートを使っていた。でも、広告自体がアートになっていったらもっと面白くなるんじゃないかと。
3月3日から28日までクリエイションギャラリーG8で開催されていた個展『クリエイティブディレクター箭内道彦の漂流』の展示風景。
そこでいう「アート」とは、箭内さんのなかでどんな基準があるのですか?
明確な基準はないですね…(笑)。あえて言うなら、さっきも話した「実験」ということですかね。それを目にした時に抱く感情や起こす行動に影響を与えるという部分は、広告とアートの共通点だと思うんですね。「アート」と言ってしまうと畏れ多いというか、自信がないところもあるんですけどね。でもこれからは、アートが広告に近づくというよりは、広告からアートの方に踏み出していく方が良いんじゃないかなと。すでにマスとして存在している広告というメディアに、今までに見たことのないもの(アート)をどうやって入れていけばいいかを考えているところです。
「実験」という意味では、すでに様々な試みをされてきているようにも見えるのですが、箭内さんのなかではまだ何かが足りない感覚があるのですか?
確かに、単純に「ビックリさせる」とか「違和感を与える」という表層的なアプローチは、色々試してこれたと思っています。でも、もっと人の気持ちに訴えかけるものを作れるような気がするんですよ。例えば、お金とか関係なく、「ホントの本気」で作ったCMなんて、自分も含めてまだ誰も作れていないはずなんです。そういうところにまだ何かが残されていると思う。どうしてもみんなちょっと軽く作っていたり、どこかであきらめている部分がある。極端な話、CMなんて、撮影して、音楽をつけて、商品名を入れれば、だいたいのものはでき上がってしまいますからね。
それは、広告というメディアが、フォーマットありきのものだからですよね。そのフォーマットに合わせさえすれば、それらしいものができてしまう。でも、箭内さんには、その枠組みを楽しみつつ崩そうとするスタンスが感じられます。
その「フォーマット」を崩したくて仕方ない時期もありましたね。当時は、納品したCMが何度テレビ局から突き返されたかわからないですね(笑)。「これはCMではありません」とか「放送したらクレームが殺到します」とかね。最近はそういう無茶な壊し方をすることはなくなりましたけどね。
『クリエイティブディレクター箭内道彦の漂流』展より。
箭内さんのなかで、ひとつのタームが終わったということかもしれないですね。一方で、広告には、常に世の中の雰囲気や気分を反映させることも大切ですよね?
そうですね。世の中はどんどん変わっていて、広告する商品も進化し続けているなかで、広告を作る人たちだけが、王様のように今まで通りのやり方を貫いている現状がどうなのかなというのは常にあって。だからといって、「今年の夏はコレが流行る」とか、そういう先のことなんて僕にはまったく分からない(笑)。でも、今起きていることだったり、今みんなが抱いている気持ちを抽出するような作り方をすれば、少なくともズレることはないだろうと。だから、常に「後出しジャンケン」をしている感じなんですよね。僕は自分の目の前にあるものからしかインプットしないんです。例えば「PHOTO IS」のCMを、樹木希林さんとやることになった時に、彼女が出演していた過去の映画からイメージを膨らませることはなくて、実際に本人と会って、話していくなかで、ゼロからアイデアを考えていくんです。インプットした瞬間にアウトプットするみたいなね(笑)。だから言ってみれば、半分以上他力本願(笑)。そこにはコンプレックスも感じてもいますが、それを恥ずかしがらずに、「自分ひとりじゃ何も作れない」と言い切ってしまう方が面白いというか、それしかできないというか…。
それを言い切ってしまえるところかスゴいですよね(笑)。しかも、しっかりと結果も出している。
そこで生まれたものをクライアントにちゃんと理解してもらうとか、世の中の人たちに驚いてもらえるような出口に導いていくという作業が意外と重要なんですよね。
最後に、このインタビューを読んでいる若いクリエイターたちにメッセージをお願いします。
自分を含め、こういうところに載っているクリエイターたちは、「もうすぐ終わります」と伝えたい(笑)。物理的にも間違いなく先に死にますからね。つまり、「彼らはもうすぐ終わるから、自分は違うことをやろう」と思ってもらいたいんです。逆に「僕らと似たようなことをやろうとしているなら今すぐやめて!」と声を大にして言いたいですね。これからは若い人たちの時代であるということはスゴく伝えたいんだけど、一方でそのことは絶対忘れないでほしい。僕らにとっても、若い人たちに引導を渡されていく面白さもあるだろうし、「まだ負けてられない」と言って“二毛作”を始める面白さもあると思う(笑)。だから、若い人たちには、僕らに刺激を与えてくれる存在であるということをもっと自覚してもらって、いい気になってやってもらえればと思っています。
















