|
75年生まれ。98年、立教大学文学部英文学科卒業後、グラフィックデザイナーとして主に『マザ−3』のムービー制作に3年間携わる。02年より、株式会社テレビマンユニオンにて、プロモーションビデオ、テレビ番組のタイトルバック、映画など、多数の映像制作に助監督として携わる。04年に製作した自主映画『珈琲とミルク』がぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2005で審査員特別賞、企画賞、クリエイティブ賞をトリプル受賞。現在、フリーランスの映像ディレクターとして精力的に活動中。
contact
マジックアワー
URL:www.pia.co.jp/pff/park, www.magichour.co.jp E-Mail:info@magichour.co.jp |
『ぐるりのこと。』の橋口亮輔、『アフタースクール』の内田けんじ、『フラガール』の李相日など、錚々たる監督たちを輩出してきたPFFスカラシップ。その17代目となるスカラシップ作品は、熊坂出監督の『パーク アンド ラブホテル』。屋上に公園のあるラブホテルを営む女主人と、そこに出入りする女性たちとのドラマを淡々と描いたこの作品は、第58回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に正式出品され、最優秀新人作品賞を受賞した。国内外からの注目が集まる熊坂出とは、果たしてどんな人物なのか? 単独インタビューで探る。
Text:須永貴子
現在はフリーで映像制作のお仕事をされているそうですが、会社を辞めたのは、映画を撮るためだったのですか?
映画制作は、フリーになる前もなった後も、映像制作の仕事と並行してやっています。これからも、テレビやPVのお仕事を頂きながら映画を作っていきたいです。一部の新聞で「テレビはおいて、映画で行く」と書かれていましたが、そんな事は言ってないんですよ(笑)。
(笑)。そんな報道も『パーク アンド ラブホテル』で注目が一気に集まったからこそだと思うのですが、そうした実感はありますか?
当事者は、意外とよくわかっていないものかもしれません。この作品は、07年4月に撮影したのですが、出来上がってからずいぶん時間が経っていることもあって、自分としては反省し尽くしています。世間の意見や評価はあるがままに受け入れていこうと思いますが、自分の中での評価は既に決着がついているので、あまり揺れないのかもしれません。

何はさておき、「屋上に公園のあるラブホテル」という設定がおもしろいですよね。そうしたビジュアルイメージありきでこの作品は生まれたのでしょうか?
ラブホテルでは、いろいろな人がセックスをした結果、この世に生を受けられなかった“水子”が生まれると思うのです。「何億もの魂が、ラブホテルの上空に可視的な形で漂っていたら?」「その魂に入り交じってセックスをしない子供や老人が遊んでいたら?」。そんな他愛のない空想が脚本の出発点だったかもしれません。また、ラブホテルに子供や老人がぞろぞろ入っていく映像も、単純に面白いと思ったのです。ただ、その面白さは、ラブホテルという施設がある日本でしか通用しないものだと思います。
実際、屋上を公園にするのは作業として難しくなかったですか?
スタッフは大変だったと思います。まず、美術スタッフに「ある人物がこういう理由でこの公園を作った」という根幹の部分を説明しました。そして、外的イメージを伝えました。僕の主観です。そのイメージのルーツは、タイのバンコクかもしれません。一度行っただけなのですが、バンコクのとある建物の屋上に緑があふれていて、とても印象に残っていて。本当は土を敷き詰めて、大きな木を一本生やしたかったけれど、予算の関係で無理でした(笑)。

『パーク アンド ラブホテル』より。
(C)PFFパートナーズ
逆に、どうしても譲れなかった部分は?
土や木は仕方ないと思ったんですが、スクリーンに映っているものすべてにこだわったし、意味があります。椅子ひとつとっても、「これは(ヒロインの)艶子がお客さんに出す椅子」といったように、すべての椅子にストーリーを考えました。そこまではなかなか伝わり辛いかもしれませんが(苦笑)。その椅子を作った人の思いや考えが伝わってきにくいような椅子は使わず、何かしら感じられるものを使いました。例えば、助監督の方がゴミ捨て場から拾ってきた椅子があったんですが、それがとっても良かったり(笑)。
(笑)。過去の作品にも通じますが、ストーリーは少し非現実的な設定ですね。ストーリーを考える作業は、熊坂監督にとって楽しい作業なのですか?
最初は妄想だけで考えているから楽しいけれど、段々辛くなってきます(苦笑)。色々な意見が入ってきて、俯瞰する作業に移っていく。僕の若さも手伝って、コミュニケーションがうまくいかない部分もありますし。

『パーク アンド ラブホテル』より。
(C)PFFパートナーズ
そもそも、そうしたツラい作業の伴う映画制作を続けているのはなぜですか?
自主映画をやっていた頃は割と楽しかった気がします。でも、フリーになってから3年間、テレビや映画、PVのADや助監督として、プロの現場で仕事をするようになるにつれ、映像制作がどんどんキライになっていってしまったんです。その憎悪を原動力に撮ったのが、04年の『珈琲とミルク』でした。ただ、撮っている時はやはり辛かったです。「どうして辛いのにやってるんだろう?」と自分でも不思議に思いました。こんなこと言ったら映像の神様に嫌われそうで怖いですが、映像制作がキライなんじゃないかとも思いました。そんな時、PFFスカラシップ用に『パーク アンド ラブホテル』の企画を考えて、とある理由から分子生物学を研究している女の子のキャラクターを出したいと考えました。でも、僕は分子生物学の事なんてよくわからないから、実際に、大学で分子生物学を専攻し研究職に就いている女性の方とお会いして、お話をお伺したんです。最初は僕も何を質問していいかよく分からなくて、僕の質問に彼女が「それはこういうことを聞きたいんですか?」って逆に質問されるような有様で…。質問の準備もろくにせず本当に申し訳なかったですが、お話をお伺いしているうちに段々と、僕が知りたいのは分子生物学ではなくて、分子生物学を学ぶ彼女のことを知りたいんだということが分かって。
その女性からはどういう話を聞いたのですか?
彼女が「私、研究って好きじゃないんですよ」と言ったんです。その言葉にすごくドキドキして。ここにも好きじゃないことを職業にしている人がいる、と。研究というものは気が遠くなるほど地道でルーティーンな作業を延々と続けるものなんだそうです。ある仮説を立てて、研究準備を進め、延々とデータをとって。でも1つでも自分が立てた仮説と違うデータが出てしまったら、準備の一番最初からやり直し。それでも、なぜ研究するのか? 彼女は周りの人と同様に、高校生の時くらいに自分探しをして、哲学書を読みあさった時期があったそうなんですが、昔の人も同じ事で悩んでいて、結局自分を納得させてくれる答えとは出会えなかった。でもその時彼女は、数学は必ずひとつの答えを導き出してくれると思い当たったんだそうです。数学や生物学や物理学といったベクトル。分子生物学という分野で、自分を構成している最もプリミティブなものを研究していったなら自分が何者か分かるかもしれない。それを聞いた時、僕は雷に打たれた感じがしました。僕が映像を作っている理由もそうかもしれない、と。僕も自己や他者や世界のあり様を知りたいんです。
とてもよくわかります。今後は、どんな映画を作っていきたいですか?
“作っていきたい”ではないのですが、“そうじゃなきゃダメだ”と思っていることはあります。それは、新しい価値観を提示するということです。それを提示できないのなら撮ってはいけないと僕個人としては思っています。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』やホラー映画に影響を受けた、と資料にあります。それが、ちょっと非日常的な設定の原点なのでしょうか?
どうでしょうか。ちょっと自分では分かりません。そういえば、つい最近、ジャッキー・チェンの『サイクロン・ゼット』や『クーロンズ・アイ』『酔拳2』を見返したんですけど、やっぱりすごいなと思いました。ジャッキー・チェン自身が本物だから、自ずと強い映画になるんだろうな、と。
では、映画以外で影響を受けたものは何かありますか?
僕はアラーキーがスゴく好きなんです。だからかわかりませんが、自分の作品にもよく写真が出てきます。ほかにも親が音楽好きでいつも居間にクラシック音楽が流れていたことや、家にあったたくさんの外国の絵本、実家が内装屋で屋上があったこと等、人生の中で出会ってきたすべてに影響を受けていると思います。ズルい答えだと思いますが、「こうだから、こうなった」と一言では語れない気がします。
少し気が早いですが、最後に次回作の構想があれば教えてください。
ピストルを拾った老人の話か、他人の背中の写真を撮って、それを売りつける女の子の話のどちらかになりそうです。これからも「写真」や「フィルム」「ビデオ」は自分の作品に出てきそうな気がします。その理由はまだ分析していません(笑)。
『パーク アンド ラブホテル』は、4/26よりユーロスペースにてロードショー。レビューはこちらから。

『パーク アンド ラブホテル』より。
(C)PFFパートナーズ

















