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SOUTAISEI-RIRON New Album
Date: 1月7日

Public/image.FOUNDATIONにも出演した相対性理論のフルアルバム『ハイファイ新書』がリリース。ライヴで披露されている楽曲を中心に全9曲が収録されている。

Kozue Himi Exhibition
Date: 12月23日〜12月28日
Location: NOW IDeA by Utrecht

イラストレーター氷見こずえの最新作品集「furry」の出版を記念し、収録原画を集めた展覧会が青山のNOW IDeA by Utrechtにて開催中。

KATSUKI TANAKA Exhibition
Date: 12月19日〜2月1日
Location: CALM & PUNK GALLERY TOKYO

映像やマンガを始め、多様な表現手段で制作を続けているアーティストタナカカツキによる個展「炎の画家タナカカツキの生涯〜わだはガッポになる」 が開催中。100号サイズのキャンバスに描く緻密な風景画や、81,000枚もの静止画の連続を8時間かけて再生する作品などが展示されている。タナカカツキ氏のインタビューはこちらから。

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Public-Image.org/Interview/Movie 2 月 29th, 2008
TAKESHI NAKAMURA | 中村剛 | Video Director
TAKESHI NAKAMURA contact
『Boyfreind』Ayuse Kozue(2006)
『ラヴぃ』リップスライムとくるり(2006)
『熱帯夜』リップスライム(2007)
『Milky Way』TEI TOWA(2005)
REM TV
ZAMURAI
ZAMURAI弐 フライヤー
『ZAMURAI TV』DVD
『Jasper』木村カエラ(2008)


『Milky Way』TEI TOWA(2005)


『Up & Down in the Blade Runner City』MELON(1992)


BOYCOTT 98 S/S


MTV ID


MTV LOW


REM TV


木村カエラ『Jasper』、RIP SLYME『熱帯夜』、AYUSE KOZUE『BOY FRIEND』、YUKI『JOY』、リップスライムとくるり『ラビぃ』—。枚挙に暇がない代表作品はすべて傑作。年間のミュージックビデオ演出本数は「コンスタントに3本」と寡作ながら、現代の邦楽ミュージックビデオ文化を牽引するオピニオンリーダーの風格漂うディレクター、それが今回紹介する中村剛である。音楽専門チャンネルのクリップ番組を視聴すれば一目瞭然。中村監督の手がける作品は、いわゆるPVのフォーマットに従った宣伝ツールとは一線を画した独創性にあふれている。一度見たら忘れられない鮮烈なビジュアルインパクトを打ち出す秘訣とは? その秘密を探る。
Text:林永子
まず始めに、映像制作を始めるようになるまでの経緯からお聞きしたいのですが、学生時代は美大に在籍されていたのですよね? 

子供の頃から絵を描くのが好きだったので、当たり前のように油絵科を受験しようと思っていたんですが、ふと「油絵は職業になるのか」という疑問がよぎったんです。僕が受験する頃は、ちょうどグラフィックデザインやイラストレーションが面白くなってきた時期。ファインアートに近い表現を仕事としてできることを知り、グラフィックに転向したんですが、結局学生時代から20代後半にかけて、いろいろなバイトをしながら、フラフラしていました(笑)。
当時はどんなバイトをされていたのでしょうか。 

割と手先が器用だったので、当時の日本電信電話公社が作った「キャプテンシステム」というインターネットの先駆けのようなシステムの入力の仕事をしたりとか(笑)、ショーウィンドウにディスプレイする大きなスニーカーの靴裏を作ったりとか(笑)。小さな広告代理店から雑多な仕事を貰って生活費を稼いでました。学校卒業後の最初の仕事が、いきなり某ホテルのCI制作。もちろんCIなんてやったこともないから、本でプレゼンの方法から調べて(笑)。雑誌とかによく載っているような血液型占いの答えを書かされたこともあった。いろいろな経験をした20代でしたが、一切モノになりませんでしたね(笑)。
TAKESHI NAKAMURA

ところで、映像はいつ頃から作り始めていたのでしょうか? 

学生の頃、映像を学校の課題で何回か作ったりしてはいましたが、仕事につながり始めたのは20代後半にアミーガを買って映像を作り始めてからです。当時渋谷にあったCAVEというクラブでやっていた音楽誌『REMIX』のイベントでVJをしている時に、たまたま来ていたレコード会社の方から「今度PVを作ってみないか」と誘われたのが、ミュージックビデオに関わるようになる最初のきっかけでした。ディレクションを始めたばかりの頃は、他の監督の作品のアートディレクターとしてPVに関わってたりしていました。
当時はまだミュージックビデオの制作本数自体が少なく、ディレクターは概ね音楽番組やライブ映像に関わっていた人たちが多かった印象があります。中村監督のようにグラフィックデザイン的な感性でアプローチしていった人材は少なかったのではないでしょうか? 

そうですね。モーション・グラフィックスが出始める全然前だったから、そうした映像を手がけるクリエイターの層がなかったし、洗練されていなかった。ここ10年くらいですよね、増えてきたのは。その始まりはMTV JAPANSTATION-IDだったと思います。30代に入った頃、開局間もないMTV JAPANのIDを作りましたが、IDを作るという職業もクリエイターもいない状況がかえって面白く、入っていきやすかったんです。TAKESHI NAKAMURA

ID制作がきっかけでミュージックビデオの仕事も広がっていったのですか? 

全然(笑)。ミュージックビデオはずっと年間3本ペースでやっています。全然ブレイクしないまま、仲間に入れてもらえない(笑)。
いやいやいや(笑)。ミュージックビデオ畑にどっぷり使った人とは違った目線で制作しているところが、中村監督作品の面白い部分です。 

その頃のミュージックビデオのフォーマットが分からなかったんですよ(笑)。なんか違うなと思いつつやっていた期間が何年もあった。でもMTVのIDに関わり、その後、フォーマット通りにやらなくてもいいようなミュージックビデオを制作できるチャンスが訪れたことをきっかけに、リミッターが外れたんです。
その作品とは? 

MELONの『Up&Down in The Blade Runner City』です。MELONは、僕が学生時代にピテカントロプス・エレクトスで初めてライブを見て以来、衝撃を受けた大好きなバンド。解散した後の94年に、過去の音源をリミックスしたアルバムが出ることになり、そのビデオを作ることになった。もうバンドは解散しているのでメンバーは出ないから好きに作っていいと言われ、大好きなバンドだったから思いを込めて、ものスゴいモチベーションで、1ヶ月間家で籠って作りました(笑)。
TAKESHI NAKAMURA

絵が次々と転換していくアニメーション作品ですが、自宅のマシンで作られたのですか? 

まだMacで映像が作れない時代だったのでアミーガで。最初に買ったマシンのハードディスクは20MBしかなく(笑)、動画が作れない環境だったので、心に引っかかるモチーフを自分で描いては消し、どんどん描き変える作業をHi8でテープにRECして…。スクロールもできないから、一枚でっかい絵を書いて、トリミングした部分を1ピクセルずつ横にずらしていく。モーフィングも手描きの、つまりコマ撮り(笑)。
今のマシンやエフェクトの性能を思うと、想像を絶する作業量ですよね。 

でも、楽しくて仕方なかった(笑)。映像は楽しい、とても自由な世界だと思えた。その後、ファッションブランドBOYCOTTの映像も作りましたが、これは尺も表現も決まってなくて、音楽も自分で決められました。30代半ばから後半は、枠組みのないところから、自由に作ることがスゴく面白かったんです。その時期にゆっくりと時間をかけて、いろいろな映像の実験を試せた。本来はバリバリ仕事して、一番稼いでいるはずの年頃なんだけど(笑)。TAKESHI NAKAMURA

仕事ばかりに走りがちで、楽しみを知らないクリエイターは意外と多いかもしれないですね。その頃はミュージックビデオのフォーマットも、なぜかルール化されていて、多くのディレクターが王道を走っていたように思います。 

僕がやっていることは、ルールから外れたところにある面白さだから、邪道なんですよ(笑)。今でも手法やジャンルに捕われず、なんでも楽しんで作っています。
レコード会社やアーティストも、中村監督には王道とは違う面白さを求めているのでは? 

今までとはイメージを変えたい、違う方向性の面白さを表現したいというオーダーが多いです。でも、同じアイデアを二度と繰り返せないことは辛いです(笑)。
そのアイデアですが、例えば、ご自身の原体験から引き出されるようなことはありますか? 

以前、テイ・トウワ君がサンタフェのイベントに出た時、僕とヒロ杉山君もVJとして同行したことがあったんです。その後、僕と杉山君はサンタフェからラスベガスまで、アメリカを横断した。途中でグランドキャニオンに寄った時、感動的な絶景の夕陽を前に、黒人、白人、東洋人など、様々な人種の観光客が記念撮影している光景を見て。その場では、お互いに言葉を交わすわけではないんだけど、ただみんながそこにいるだけでコミュニケーションが取れているような、とてもピースな感じがしたんです。その時の体験が、テイ・トウワ君の「MILKY WAY」というミュージックビデオに反映されています。
TAKESHI NAKAMURA

なるほど。この作品は、ダイレクトにグランドキャニオンが登場するわけではないですよね。 

伝わりやすさ、分かりやすさを考えた結果、こういう落とし込み方になりました。グランドキャニオンで感じた、言葉の通じない人が、ひとつの場所にいることで何らかのコミュニケーションをとってつながっていくという感覚を、頭が文字になった人間たちが一緒になることでメッセージが生まれていくという設定に落とし込んだんです。
なるほど。近作についてもお話をお聞かせ下さい。 

木村カエラの「jasper」のミュージックビデオを作りました。ブラックライトが使われているCDジャケットの世界観と、石野卓球が手がけたニューウェーブな曲調にインスパイアされてディレクションしました。CGはCAVIARの若手、TANDEMが担当しています。あとは、月2本のペースでCMを作っています。
TAKESHI NAKAMURA

かつて中村監督の個人事務所だったCAVIARも、児玉裕一、田中裕介、両名の参加によってブランドとしてのイメージも高まっていますね。 

元々CAVIARを作ったのは、演出の仕事をスムーズに進められる環境作りのためで、CGやオフラインのスタッフと共に環境を整えていったのですが、今ではいろいろな人間が集うことで、もっと活性化していけばと考えています。ディレクターはフリーランスのままだと待遇が厳しかったり、仕事がランクアップしていかないといった悪循環に陥りがち。いまだに映像のジャンルごとに高い垣根があって、自由に行き来しづらかったりするんです。それが「CAVIAR」という集団のイメージが少しでも高まることで、個々のディレクターがジャンルを超えて、それぞれの良好な環境で仕事に迎えるようにしていきたいと思っています。
最後に、2008年の抱負を聞かせてください。
今年はミュージックビデオをたくさん撮りたいです。音楽の仕事ってホントにいいなーって、今さらながら(笑)。なのでバリバリやります! バラード以外の曲なら(笑)。

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