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75年サンフランシスコ生まれ。中国人の父と日本人の母を持ち、幼少期をカルフォルニアで過ごす。96年より7年間、アパレルブランドのディレクターを経て、03年に独立し、Chang Co., Ltd.を設立。04SSシーズンより自身のシグネチャーブランドAlexanderLeeChangをスタート。日本、アメリカ、中国の文化に影響を受けて育まれた色彩感覚を生かしつつ、個々のアイテムにおいてはディテールにこだわったものをそろえている。ユニセックスブランドであり、メンズ、レディスという枠組みを超えたボーダーレスなスタイリングを提案している。また、プロスケーターとしての側面も持ち、絵画、コンピュータグラフィック、クラフトなどの様々なデザイン活動も行っている。
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Chang Co., Ltd.
Tel:03-3409-9889
Address:東京都港区南青山5-17-12
URL:www.alexanderleechang.com |
日本、アメリカ、中国という異なる3つの文化をバックグラウンドに持ち、プロスケーターとして培った自由なマインドも併せ持つアレキサンダー・リー・チャン。その特異なプロフィールを持つ彼が生み出すクリエーションは、国籍、性別、ジャンルなどを始めとするあらゆるボーダーを飛び越え、世界中に散らばるクリエイティヴな精神と次々にコネクトしながら、広がり続けている。ファッションという枠にとどまらず、精力的な活動を展開する彼に、そのクリエーションの秘密を探るべく、じっくりと話を聞いた。
Text:原田優輝
まず始めに、服作りを始めたきっかけを教えてください。
昔からずっとスケートボードをやっていて、国内外のスケートウエアメーカーに服などをサポートしてもらっていたんです。その中の一つのメーカーに、Tシャツのプリントや配色とか細かく注文していたら、「じゃあ自分でブランドやれよ」ということになって(笑)。それをきっかけに、そのメーカーのひとつのラインを自分がディレクションするようになったのが始まりです。
元々服作りの勉強はされていたのですか?
もちろんまったく経験はありませんでした(笑)。でも、やるからにはプロフェッショナルでありたいタイプなので、現場で学んでいきましたね。元々絵を描くことが好きだったので、Tシャツにイラストをプリントしたり、帽子を作るところから始めていきました。でも、最初はTシャツ1枚ですら、なかなか自分がイメージしているものを作ることができなくて…。「こんなTシャツを作りたい!」というイメージをTシャツ屋さんに頼めば、問題なく出来上がると思うじゃないですか。でも実際は、縫製やパターンのわずかな違いによって、仕上がりの雰囲気が大きく変わるんですよね。それが悔しくて、業者の人を質問攻めにしたり、本を読み漁ったりしながら、必死に勉強しましたね。


07-08 A/W Collectionより。
そこから徐々に作られるアイテムの幅も広がっていったと思いますが、その当時はあくまでもスケーターのためのウエアをデザインされていたのですよね?
そうですね。ただ、“僕自身が考えるスポーツウエア”を基準にしていたので、一見するとスポーツウエアには見えないようなアイテムも当時から作っていましたね。実際に僕がそれを着て、スケートボードができればOKというノリで(笑)。
スケートボードを始めたのはいつ頃からですか?
僕が中学生の頃、スケートボードブームが始まったんです。ちょうどその頃、アメリカにいる親戚も(スケートボードを)始めるということで、ボードを買いに行ったのですが、そこについていったら、親父が僕の分も買ってくれたんですよ。たまたま僕が住んでいた東京の地元も、プロスケーターがたくさんいて、スケートボードショップも多い土地柄だったこともあり、没頭していくようになりました。今も現役でやっていますけど、中学、高校の頃が一番滑ってましたね。今もまだやっていますよ。
スケーターカルチャーから受けた影響はありますか?
もちろん! 自分でも始めるようになってから、スケートボードのビデオを見せてもらったのですが、大きな衝撃を受けましたね。そこらへんにいるような人たちとは明らかに違うファッションをした人たちがいて、それまで聞いたこともなかったようなハードコアやパンク、ヒップホップなどの音楽が流れていて…「なんだコレは!?」って(笑)。白人、黒人、アジア人などの人種も関係なく、皆が自由にやっていたことも面白かったし、色々な部分で影響を受けていると思います。僕は、自分がスケーターであることに大きな誇りを持ってるし、それがあったからこそ今の自分がいると思っています。

ご自身がプロスケーターであることは、現在の服作りにも影響を与えていますか?
マインドの部分で大きく影響していると思います。スケートボードをする時は、自分でトリックを考えて、どんなアングルで撮影をしてもらえば一番カッコ良いかなどをカメラマンと話しながらやっていました。ファッションに関しても、「このウエアでやりたい!」となれば、たとえそれが動きにくい服だったとしても、あまり問題ではないんです。トリックからファッション、映り込む背景までをトータルでイメージして、写真になった時にどれだけカッコ良いものにできるかということが、僕のなかのスケートボードの魅力だったんです。スケートボードが面白いのは、どんなロケーションで、どういうパフォーマンスをするかなどをすべて自分の頭で考えて表現しないと何も生まれてこない、というところなんです。それが、普通のスポーツとは全然違う点で、そういうクリエイティヴで自由な精神が今の服作りにも反映されていると思います。
独立されてからは、そうした精神がさらに自由に表現できるようになったのではないですか?
スケーターウエアという括りを取り払ったクリエーションができますからね。今はどちらかというと、「ファッションデザイナーだけど、スケボーも上手い人」というスタンスでやってます(笑)。独立当初は若かったこともあると思うのですが、売れる洋服を作ることよりも、少ない数でも自分たちがひとつひとつのアイテムに入魂していくことに注力していました。もちろん広めていくことも大切なんですが、何よりも今いるファンの人たちに共感してもらいたいんです。今でもその姿勢は基本的には変わっていません。僕らのブランドは、100人中100人が買ってくれるブランドではないかもしれませんが、100人の中で興味を示してくれた10人が、どう感じてくれるかということはスゴく考えますね。
デザインをされる時にイメージされるモデルのような存在はいますか?
僕の中でカッコ良いと思える人というのは、どんな洋服でも自分なりに消化して着ることが出来る人なんです。よく「自分にはこの服は似合わないから着ない」という人がいますが、そもそも「似合わない服」なんてないと思っていて。たとえば、自分が赤しか似合わないと思っている人が、青い服を着た時に「自分が着れば赤になる」と言えるようになると、もっと自由にファッションを楽しめると思うんです。それができる人が、自分のイメージするモデルになっています。うちのシーズンカタログに映っているモデルは、顔が覆われていることが多いのですが、それもつながっているんです。どうしても顔を見てしまうと、イメージが定着してしまいますからね。


デザインされる時の行程を教えてください。
うちはスタッフ全員で作っていくということをとても大切にしています。毎回、最初に皆でアイデアを出し合って、それを一度僕がまとめて、自分なりのイメージを固めます。それを元に、また皆で話し合っていくんです。スタッフたちがうちの洋服の一番のファンであって欲しいし、一緒に作っていくことで、そういう気持ちになってくれるんじゃないかなと思ってやっています。
服作りにおいて、一貫して意識されているポイントはありますか?
うちのアイテムに触れた時に、楽しいと感じてもらえるような服作り、会話が生まれるような服作りを心がけています。自分たちが服を作っているのも、当然楽しいからですし、着ている人たちにも同じように楽しい気分になってもらいたい。「楽しい」とか「好き」という気持ちは、一番大切なものだと思うんです。最近、専門学校で一日だけ講師をさせてもらったのですが、そこで学生たちから出た質問が、「デザインに行き詰まった時はどうしますか?」とか「ブランドを立ち上げる時に、どうやってお金を調達したのですか?」といった現実的なものばかりだったんです。将来自分のブランドを持ちたいと思っている20歳前後の若い子たちが、いきなり「デザインに行き詰まった時」のことを考えても、「まだ実際にデザインをしていないでしょ?」って(笑)。そんなことよりも「好きであること」が大切なんですよね。
最後に、将来のヴィジョンがあれば教えてください。
近い未来は、世界の素晴らしいクリエイターたちと絡むお仕事をして、世界中を動き回っている人間になりたいと思っています。同時期に5箇所くらいで違う仕事を動かしているようなね(笑)。例えば僕と、僕のパートナーと一致するビジョンで言うと、今後一番一緒に仕事をしてみたいのは、スパイク・ジョーンズ氏ですね。
アレキサンダー・リー・チャンも参加するBURTON [ak] PROJECTは、10月20日〜28日まで原宿PLAYOUT GALLERYにて開催中。


チャン氏はファッション以外の分野での作品制作も積極的に行っている。






























