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75年東京生まれ。 多摩美術大学 大学院修了。03年よりイラストレーター、アートディレクターとして活動を始め、広告や雑誌のアートワークを手掛ける。植物や動物といった有機的な形の美しさや、その中に潜むグロテスクな毒の部分を線画というフラットな表現で無機質に描く。新宿サザンビートプロジェクトのウォールグラフィックで05年グットデザイン賞受賞。03年『KUSABANA』(ZAKKA/NY)、04年『Place』(CCCB/BARCELONA)、06年『DISCOLOR』(NANZUKA UNDERGROUND/TOKYO)など国内外での展覧会多数。作品集『Uncolored.1』(弓立社)も出版している。
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黒田潔
URL:www.kiyoshikuroda.jp E-Mail:komatsu@shigotoba.com |
2004年末。新宿駅南口の工事現場仮囲いに出現した、全長320メートルの超巨大イラストレーション。そこに描き出された、細密にして躍動感溢れる植物や昆虫のモノクロームの世界観は、たちまち彼を先鋭イラストレーターとしてスターダムに押し上げた。黒田潔。規模/観客数ともにこれ以上ないと思われるその境地は、じつはクリエイターにとっては危機でもある。もやは自分にはこれ以上の表現はできないのではないかー。しかし彼はその葛藤を自らの力で突破し、自らの画風に安住することなく、新たな試みを発信し続けている。その強靱にして新鮮さを失わないバイタリティは、いったいどこから涌いてくるのだろうか。凡百の“イラスト描き”とは一線を画す創造力の源を探るべく、インタビューを敢行した。
Text:深沢慶太
ニューヨークで展覧会に参加されるとのこと、どんな企画なのか教えて下さい。
10月19日から28日まで、ニューヨークで開催される『HOW TO COOK DOCOMODAKE?』展に出展します。13人のアーティストが、NTTドコモのキャラクター『ドコモダケ』を素材に調理する、というコンセプトです。僕の作品は、大きな立方体に覗き窓を付けた構造で、外側は植物の絵で覆われているのですが、中を覗き込むと、薄暗い夜の森の中に毒ヘビなどがいて、毒っぽい世界が広がる、というものです。このところ立体的なイラストレーションに挑戦してきた経緯もあり、“覗き込まないと見られない”という体験型の展示に初挑戦しました。(青木)京太郎さんや古武家賢太郎さん、シアタープロダクツ、MUSTONEなど、実力のあるアーティストたちと一緒に出展するということで、自分としても新しい試みに挑戦したい、という気持ちを込めています。

10月19日〜28日まで開催されている『HOW TO COOK DOCOMODAKE?』展に出品される黒田氏の作品。
黒田さんの作風は、緻密なタッチの中に、自然界の弱肉強食を感じさせるような雰囲気がありますが、それは意図してのことでしょうか。
絵を描き始めた当初からずっとそうなのですが、「見たことがないものを描きたい」という気持ちがまずあったんです。それで、いわゆる日本の“イラスト”の、ファンシーでメルヘンっぽい作風とは異なるものを描きたいと思いました。例えばジェフ・クーンズのような、ポップさの中にある毒気を表現したいという欲求はありましたね。もうひとつは、小さい頃に見ていた図鑑の影響があります。東京で生まれ育ったので、実際の体験として自然に触れていたというよりは、図鑑からイメージを得て、ひたすら絵を描いていました。大人になってから「何を描きたいか」と考えた時に、その頃の図鑑の中の昆虫や植物が甦ってきた。自然を描きながらも、どこかグロテスクな描写になるのは、そのあたりに原点があるのかもしれません。

この作風は、いつ頃確立されたものなのでしょうか。
実は大学を卒業してから3年間は、いくつかのデザイン事務所でグラフィックデザイナーとして働いていました。その頃はちょうどリタ・アッカーマンやエンライトメントが注目されていた時期で、表現としても残酷さを感じさせるような、バッドテイストなものがもてはやされていた。自分も一時はその方向に傾倒したのですが、もし自分がデザイナーとしてそういう絵を使うとしたらどうかということを考えました。つまり、デザイナーとしての体験が自分の絵を客観視する機会になった、ということです。そして会社を辞めた翌月、03年の1月に「ギャラリーロケット」で個展を開催しました。それまでも『STUDIO VOICE』や『サイゾー』でカットを描いてはいたのですが、実質的なデビューはその時です。
この展覧会が黒田さんにとって大きな転機となったようですね。
そうですね。その個展にAdapterの針谷君が来てくれて、その年の5月に彼が主催した展覧会『NO WALL BETWEEN THE ART』に参加し、翌6月には独立したばかりの針谷君と一緒に事務所を借りることになりました。ここでいろいろな人と知り合えたことが、今の自分にとって大きかったと思います。ギャラリーロケットを主催していたCAPの藤本やすしさんに気に入っていただいて、BUILDINGというアーティストエージェンシーに所属したり、『NO WALL BETWEEN THE ART』の作品を見て下さった大橋二郎さんから『SAL magazine』の仕事を頂いたり、当時BEAMS Tのディレクターだった永井さんから声を掛けていただいたり……。

『新宿サザンビートプロジェクト』より。
Photo:Hirata Kai
そうした中で、ご自身にとって節目となった仕事を教えてください。
03年の夏に、藤本やすしさんがADを務めたBEAMSのカタログと、あとはやはり04年の「新宿サザンビートプロジェクト」ですね。「新宿サザンビートプロジェクト」は新宿駅南口再開発計画の工事現場の巨大な仮囲いを自分の絵で埋め尽くすというもので、原画だけでも100枚近くを描きました。展示自体は年末からだったのですが、かなり大きなプロジェクトだったので、夏頃にはADのタイクーングラフィックスの鈴木さんに毎週、描いたものを提出して、籠もりきりで描き続ける毎日を過ごしました。自分の絵があれだけの規模に引き延ばされて、駅前を通る無数の人々に絵を見てもらえたわけですから、ギャラリーで展示するのに比べて見に来る人という意味でもケタが違う体験になったと思います。
それ以降、発注されて描くという立場から、自らディレクションを行う仕事へと、スタンスをシフトされましたね。
そうですね。『新宿サザンビートプロジェクト』では、タイクーングラフィックスの鈴木さんが自分の絵の特徴をうまく引き出してくれた。その体験がきっかけになって、自分の持つ絵を素材に、もっといろいろな表現を試していこう、と考えるようになりました。素材を変えて立体的な表現を試みたり、自分以外のアーティストとコラボレーションをしたり…。
具体的にはどのような作品があるのですか?
04年には当時宇宙カントリーに在籍していた大島慶一郎君、イラストレーターの高見年広君とazaというユニットを結成したり、05年には自分のイラストレーションを用いた写真表現をガーディアン・ガーデンの個展で発表したり、メチクロさんから声を掛けていただいて愛知万博の特設ステージでライヴペインティングに挑戦したり…。NANZUKA UNDERGROUNDでの『DISCOLOR』展では、蝶々のイラストレーションを切り抜いて立体として展示する試みにも挑戦しました。


『DISCOLOR』展より。
それらの新しい試みを通して気付いたことはありますか?
個人的な制作で完結するよりも、違う目線の意見を取り入れたり、自分では気が付かないポイントを引き出してもらうことで、世界が広がっていく面白さを感じるようになりましたね。デザイナーとしての体験もあって、自分のスタイルを貫き通すだけではなく、雑誌や展覧会場など表現の形にどのように落とし込んでいくかということが重要だと考えるようになりました。06年の初めからスタートした『non-no』の連載でも、自分のイラストレーションを使ったモデル撮影を行うということで、最初のうちは自分の作風と、女性雑誌の雰囲気や、スタイリストやフォトグラファーが考えていることとのズレを感じて落ち込んだりもしましたが、仕事を重ねるうちに鍛えられてきた気がします。
今後の予定について教えて下さい。
NHKによる俵屋宗達の特集番組の中で、5人の作家が宗達の作品を現代的に作り直すという企画に参加しています。14メートルの屏風画をモチーフに、40メートル分の立体イラストレーションを制作して、それを写真家の宮原夢画さんに撮影してもらっています。自分としては、NANZUKAでの展覧会で制作した立体の蝶々が、『non・no』の連載で発展して、この企画に結びついたというように、やってきたことの繋がりを感じますね。作品が大きくなってきたことだけを考えても、どんどん過酷な方向に向かってきている(笑)。でも、これだけ描いているのに、植物を描いていて飽きることがいまだにない。自分でもなぜ植物なのかということはよくわからないけれど、そのしつこさが自分の味なのかもしれないなと思いつつ、これからも作品のクオリティを上げていきたいと思いますね。
黒田氏が参加した番組『ハイビジョン特集 天才画家の肖像 永遠の風神雷神図 〜俵屋宗達〜』は、11月5日20時からNHK BShiにて放映予定。

『non-no』2007年22号
photo : Kio Yoneda(AVGVST)
date : 2007

































