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スペースデザイン、家具、照明、グラフィック、プロダクトデザイン、アートから食に至るまで「暮らしのための構造」を考えてものづくりをするクリエイティブユニット。既存のものにとらわれない自由なデザイン展開で、店舗空間やアートディレクションなど多方面にわたり活動中。大阪を拠点に、東京ブランチも展開している。decorative mode no.3なるユニット名で'93年から活動を続け、'98年4月大阪の南堀江にショールームgrafをオープン。00年大阪中之島へ移転。ショールーム、カフェ/レストラン、ギャラリーを運営。6名の異業種のメンバーによってスタートしたgrafは現在、40名を超えるメンバーが働いている。
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graf
Tel:06-6459-2100
Address:大阪市北区中之島4-1-18 graf bld.
URL:www.graf-d3.com E-Mail:info@graf-d3.com |
デザイナー、大工、家具職人、プロダクトデザイナー、映像作家、シェフというまったく畑の異なる6人の作り手たちが集い、大阪でスタートしたクリエイティヴユニットgraf。大量生産大量消費の生産システムにアンチテーゼを掲げ、衣食住すべてを自分たちでトータルデザインしていく彼らの姿勢は、クリエイティヴチームのひとつの理想形として、多方面から大きな注目を集めている。プロダクトデザイン、空間演出から、アーティスト奈良美智とのプロジェクト「Yoshitomo Nara + graf A to Z」にいたるまで、デザインとアートを行き来する精力的な活動を続ける彼らは、来るべき未来に何を見据えているのだろうか? 東京を訪れていた代表の服部滋樹に、graf: TOKYO branchで色々と話を聞いた。
Text:原田優輝
grafが結成されたきっかけを教えてください。
僕らが大学を出る頃が、ちょうどバブル崩壊期だったんですが、その時に従来の生産システムや消費サイクルなどが一気に崩れ落ちたような気がしたんです。それまでは高度成長期にもたらされた「大量生産大量消費」による縦構造の経済の仕組みでものづくりがされていた。メーカーの下に職人さんがいて、問屋、ユーザーがいる。そして、そのシステム下で、一番苦労してたのは職人さんやユーザーだったと思うんです。その構図にアンチデーゼをもっていて、もっとスムーズな生産システムや方法論を組めたら良いなという想いがあった。そこで、大工、家具職人、プロダクトデザイナー、映像作家、シェフ、そして僕の6人で集まって、自分たちの暮らしに“足りないモノ”を作るところから、grafはスタートしたんです。
専門分野が異なるクリエイター同士で集まる事になったのはなぜですか?
少年探偵団をやりたかったんです(笑)。少年探偵団って、それぞれのキャラクターに立っていて、お互い補い合っている。様々な職種の人たちが、隣にいる人のアイデアに敬意を表しながらものづくりができる環境を作りたかったんです。当時はtomatoなどに代表されるミックスカルチャーのユニットが世界各地で活躍をし始めた時期。時代の流れとしても、デザインひとつやっていれば良いというワケではなくなってきていたんです。例えば、今は建築家でもグラフィックができなければプレゼンテーションすら出来なかったりする時代ですよね。そんな時代の走りがちょうど、そのバブル崩壊後間もない頃だったと思うんです。でも結成当初は、ビジネスになるとは思ってなかったし、まだまだ修行の身だったから昼間それぞれ働きながら、夜は作品を作るというサイクルでやっていましたね。

graf original furniture : 3/6シリーズ(カタログ “Narrative”より)
当初はどのような作品を作っていたのですか?
最初はお金がなかったこともあり、木を扱うことが自分たちにとっては一番身近だったんです。大阪の雑居ビルにある18坪のテナントを自分たちで改装して、家具やプロダクトを並べていましたね。その当時、『Wallpaper』という雑誌がイギリスで創刊されたんですが、その編集部が来日した時に、僕らのところにアポ無しで突然やってきたんです。それで作品を見てスゴく喜んでくれて、4ページの特集を組んでくれた。『Wallpaper』はいわゆる最初の「ライフスタイル誌」だったんじゃないかと思うんです。衣食住すべてを提案するスタイルというのが時代の流れになりつつあった。彼らが面白いと思ってくれたポイントも、僕らがユニットでやっているということと、そして「衣食住」を考えながらやっているということだったのです。
その後、日本国内にgrafの名が知られるようになるきっかけは何かあったのですか?
結成後、4年程経った頃に初めて展覧会をやったんです。ペーパーシェードや家具、アクセサリーなどを作って、映像も流して、音楽も自分たちで選曲し、空間を構成しました。展示会場がカフェだったのですが、そこのメニューも考えて、完全にカフェをジャックしたんです。たしか400人程の人たちが来てくれたと思います。当時はまだデザインやカルチャーをミックスした展覧会があまりなかったのですが、そういうものに興味を持ってくれている人たちがこんなにいるんだということを実感したんです。その時は作品に値段をつけてはいなかったんだけど、欲しいと言ってくれる人が結構出てきて。これは何かあるかもしれないな、と背中を押されたのが大きかったかもしれません。

graf media gmで開催された展覧会「Yoshitomo Nara+graf “home”」 photo: Hako Hosokawa
現在は多岐に渡る活動を展開されていますが、それらの活動はやはり“デザイン”というキーワードに集約されるのでしょうか?
いいえ、デザインに限られたことではありません。暮らしには「アート」も必要な要素です。僕らはよく「日常」と「非日常」という例えを使います。「日常」は気にしなくても勝手に時が流れていきますが、その「日常」に「非日常」を加えると、次の「日常」がまったく新しく見えてくる。例えば、自信なさげに背中を丸めた男の子が、ヤクザ映画を見に行ったとする。もしかするとその彼にとっては、映画を見る前と後では、世界は変わって見えていて、肩で風を切りながらタバコをフカしているかもしれない(笑)。僕らがやっていることに置き換えてみると、デザインとアートは日常を変えることができる唯一の装置だと思うんです。その両方がないといけない。だからこそ僕らは、デザインとアートの境界線を行き来しながら活動しているんです。
そのような考えを持つことになるきっかけは何かあったのですか?
僕らは生活の道具の作り手です。モノが捨てられないようにする仕組みも考えないといけないんです。例えば、100%デザインされた作品は、人が触った瞬間から風化していくと考える事もできる。ギラギラ光っているモノも、誰かが触ると手垢がついたりして、輝きが薄れていったりしますよね。でも、80%デザインされたものには、消費者が加われる余地があるから、使い方によって100%にも120%にもなる。そういうモノこそ大切にされるし、人と一緒に成長していけるモノなんじゃないかと思い始めるようになったんです。そこから、「ソフトとハードの成り立ち」というものも考えるようになって。建築やプロダクト、洋服などを「ハード」と捉えた時に、それを補う「ソフト」というのが、使い手の考え方や行動だったりする。そこに非日常的な要素が加わる事が、大切なことだということに気付いたんです。モノと考え方を両立しながら双方を育てていくというのが、本来のものづくりの姿勢だと思うんです。

阪の老舗家具メーカー・相合家具製作所の新たなラインとして、grafが流通までをも含むデザイン・ディレションを手掛けている[ad]シリーズより。
大阪にあるgrafビルには、ショールーム、レストランからギャラリーまでが併設され、grafの考えがまさに体現された空間ですよね。
そうですね。メンバーそれぞれの個性が生かせるようなフロア構成が出来るスペースが欲しくて、5階建てのビルを丸ごと借りました。でも、実は最近ビルという形態もそろそろ考え時かなと思っている部分もあります。
それはなぜですか?
どうしてもフロアという階層に分かれていると、カテゴリごとに収まってしまいがちになる。でも、例えば「ヴィレッジ」のように階層のないフラットな環境が作れたとしたら、もっと自由で連鎖しやすい状況が起こしやすいんじゃないかと思っていて。すでにモノがあふれている時代に、モノではなくても自分たちの考え方を持ち帰ってもらえる方法を考えたいと思っているのですが、それは「体感してもらう事」しかないと思うんです。そういう時に、僕らの「ヴィレッジ」を訪れると、家具を作る方法や料理をする方法などのライブラリがあって、それらを参照したりしながら、モノを完成させていける仕組みが出来たらなと。それはただ単に一つの敷地内に色々な要素があるという意味での「ヴィレッジ」ということでないかもしれない。今はネットワークがこれだけ発達しているワケだし、その仕組み自体を「ヴィレッジ」ととらえることもできるかもしれないですしね。


写真上はgrafビル2Fにある「graf dining:fudo」。写真下は、5Fにあるギャラリースペース「graf media gm」。
概念としての「ヴィレッジ」ということですね。
そうですね。僕らが持っているものづくりに対する概念や方法論を、50年後も歴史に残してきたいという理想を持って、活動に取り組んでいるんです。
そのようなさまざまな概念や手法、仕組みづくりは常にいろいろ考えているようですね。
grafの面白いところは、プロジェクトごとにチームを編成していける事だと思っています。例えば企業ブランディングの仕事が入ってきたら、グラフィックデザイナーが入って、そこにプロダクトデザイナーやインテリアコーディネーターも加わってくる。様々な立場の人間が関わってひとつの案件を解決していくのがgrafの“仕組み”なんです。
grafの元には色々な案件が飛び込んで来そうですね。
そうですね。初めてチャレンジ領域の仕事は、やはりいろいろ大変なんですが、既存のフォーマットを利用して仕事を進めていくことよりも、自分たちで模索しながら、新しいフォーマットを作っていくというプロセスはとても楽しいですね。

BankART Studio NYK1F NYKホールで開催されたKATHY+graf「炎のメリーゴーランド」公演の様子。 photo: Hako Hosokawa
分野も異なる様々なプロジェクトを抱えるなかで、grafとしてのクオリティを保っていくための秘訣を教えてください。
どんなプロジェクトでも、コンセプトがgrafらしいと思ってもらえるようなものづくりを心がけています。だからコンセプト出しには最も注力しています。
その際に重要なポイントはどのような点になるのですか?
ものづくりの方法論には二通りのパターンがあると思います。ひとつは、まず始めに確たるコンセプトが見えていて、そこから作品を作っていく場合。もうひとつは、ヴィジュアルやプロポーションから着想を得る場合です。例えば自分が彫刻を学んでいたので、それに例えて話すと、コンセプトに沿って丸太を削っていく場合と、コンセプトが見つからないまま丸太を削り出して、削っているうちに芯が見えてきて、それがコンセプトだと気付く場合がありますが、そのどちらにせよ大切なことはそれが「必然的」であるということだと思うんです。なぜそれが生まれてきたかというところに辿り着けなければ、それは正解とは言えないんじゃないかと思います。もし、ヴィジュアル重視で生まれた作品があったとしても、その作品が「カッコ良い理由」を探してみることが大切。捨てられるものを作っても仕方がないワケだから、残るもの=必要なモノを作っていきたいです。それがgrafらしいコンセプトの引き出し方になれば良いなと思っています。

草間彌生とのコラボレーションによるプロジェクト「Yayoi Kusama Furniture by graf 」を発表した展覧会の様子 photo: Yasunori Shimomura
数多くの案件を同時進行させていくことは大変だと思いますが、行き詰まったり、アイデアが出なくなることはないのですか?
逆にひとつのことに集中しすぎてしまうと、鈍感になってしまうのではと思っています。いろんなものを同時に進めていると、あるところでボツになったアイデアも、別の場所で生きてきたりすることは結構ありますしね。だからやれているのだと思います。だから、むしろ色々なことを同時にやっていないと、なかなか良いモノが生まれなかったりします。今はもうプロダクトデザイナーはプロダクトを作っていれば良いという時代ではなくなってきている。例えばそのプロダクトを取り囲む空間から、広告手法まで考えないといけない。そこからそれぞれが必要な要素を編集するなり、削り出していくなりしていくことが重要なんだと思っています。
その時代の流れの先には、grafが見据える「ヴィレッジ」があるということですね。
そうですね。すでに世界中にはアーティストヴィレッジやエコヴィレッジなどが結構あるんです。そういうコミュニティとネットワークを組んで、モノを作っていけないかと考えています。例えば、そのコミュニティのなかで生まれたプロダクトがあったとして、それが使いやすいとなれば、全世界のヴィレッジとシェアしていくんです。そういう考え方ができると、必要な人たちのためだけに、生産量を限定しながらモノを作ることもできるから、モノを大事にする仕組みも生まれたりするのではないかなと。ヴィレッジネットワークに入ると、そこでは情報など色々なものが共有されていて、それを体験することもできる。そういうヴィレッジを自由に行き来できるシステムやムーブメントを作っていくことで、新しい未来が見えてくるのではと考えています。

取材で訪れたgraf: TOKYO branchの様子。

































