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Jyunya Ishigami Exhibition
Date: 8月24日~10月17日
Location: 資生堂ギャラリー

建築家・石上純也の個展『建築はどこまで小さく、あるいは、どこまで大きくひろがっていくのだろうか?』が現在開催中。石上がロンドンに本拠を置く美術系の出版社Thames & Hudsonより、2011年に出版予定の書籍から約60点の作品を選び、模型を主体とした展示を展開する。

KARL HYDE Solo Exhibition
Date: 8月25日〜9月15日
Location: ラフォーレミュージアム原宿

アンダーワールドのメンバーであり、クリエイティブ集団tomatoの一員としても活動するカール・ハイドによる世界初のソロ・ペインティング・エキシビションKARL HYDE“What’s going on in your Head when you’re Dancing?”が開催中。2メートル以上に及ぶ大作も含めた約90点のペインティング作品を展示するほか、創作ノートや制作のプロセスを収めた映像作品なども公開される。

SUGA DAIRO 7 DAYS BUTTLE
Date: 9月3日~9月9日
Location: 荻窪velvetsun

フリージャズピアニスト・スガダイローが7組のミュージシャンたちと即興演奏対決を行うイベント『スガダイロー七夜連続七番勝負』が開催される。出演者は松下敦(ZAZEN BOYS)U-Zhaan山本達久七尾旅人など。

文化庁メディア芸術祭2010

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Public-Image.org/Column/ECD DIARY 6 月 16th, 2010
ECD | 5月26日〜6月10日 | 「ECDの休日」Vol.9
ECD

ラッパーECDと写真家植本一子の結婚・出産までをリアルタイムで綴った人気連載「WE ARE ECD+1」より約1年。ECDの新連載が展開中です!!
今回は、ECDの休日限定ダイアリー。知られざる彼の休日を、日記形式でお届けしていきます。

Text:ECD


5月26日(水) 曇
3時に起きてサンプリングのネタ探索レコード聴き。ついつい聴き込んでしまいあっという間に6時。
朝食後、妻は検診へ。僕は娘を抱っこして渋谷タワレコへ。新作が並んでいるのを確認。
11時半、明大前で妻と落ち合い、梅が丘まで歩いて寿司。娘との外食はこれが初めて。出産をうながすため歩いて帰るという妻と別れ、僕は小田急線で下北へ。下北からは歩いて帰宅。
ちょっと休んで、今度は高円寺の円盤にセッション用の音源を届けるため出かける。往きは電車、帰りはバス。
9時半から14時半まで、ほとんど娘を抱っこしっぱなしだった。


5月30日(日) 曇
8時起床。最近6時すぎには必ず起きる娘も妻も、そして、27日から応援に来てくれているお義母さんもこの時間まで起きなかった。妻は今日が予定日なのだが兆候なし。朝食後床屋。


6月1日(火) 晴れ
午前1時半、トイレから戻った妻から報告。おしるしが来たとのこと。まだ弱いけれど陣痛らしきものも始まっているらしい。
産院に電話すると、すぐ入院しなさいというので、甲州街道まで出てタクシーをつかまえ、妻を乗せ産院へ。
ところが、入院するとどういうわけか陣痛は遠のく。すぐにも出産というわけでもなさそうなので、僕は7時過ぎに一旦うちに帰って朝食。
産院に戻ると、妻は胎児の心音と陣痛の波をモニターする機械を付けていた。胎児の心音が弱くなることがあるらしい。陣痛ほぼ無し。
9時半診察。午前中様子を見て帰ってもらうこともあるかもと説明される。
10時半陣痛復活。と思ったらまた遠のく。
一旦帰宅しようということになり、11時半に産院を出るも歩き始めると陣痛が始まり、引き返す。
陣痛はその後5分間隔まで縮まる。このまま分娩かと身構えたが、また遠のく。
陣痛をうながすため廊下を歩いても効果なし。

15時過ぎに僕だけ帰って、義母と娘を連れて産院へ戻る。
17時、同じメンバーで帰宅。途中娘は寝てしまう。僕は付き添いとして産院に泊まるので、門限の20時までには産院に戻らなければならないのだが、娘はうちに帰っても起きる気配がない。小さいなりにただごとでないのを察知して疲れたのだろうか。しかたがないので食事も風呂も義母に任せ、産院へとんぼ帰り。
妻は先生から翌日朝7時までに産まれそうもなければ、促進剤か帰宅かと言われたとのこと。
今日明日はたまたま仕事が休みなので、なんとかその間に産まれてくれると助かるのだが。その後も妻に変化なし。
21時過ぎに就寝。



6月2日(水) 晴れ
1時半に目が覚める。
2時、妻も起きる。また陣痛が来ているらしい。陣痛は次第に強くなり、妻は寄り添う僕にしがみつく。ベッドの脇に運びこまれた心音モニターを看護士さんがまゆをしかめて見つめる。
4時半、分娩室に移る。しかし、分娩台に乗っても先生が現れるわけでもなく、当直の看護士さんがひとりいるだけ。あいかわらず深刻な表情でモニターを監視している。陣痛のたびに妻の腰をさするのが僕の役目なのだが、それがいつになったら終わるのか先が見えない。
6時10分、やっと先生が現れ、お産の準備があるのでご主人はしばらく外へと言われ廊下で待つ。いきみかたの練習をするのが聞こえる。
6時半、先生に呼ばれ分娩室に入る。

6時49分出産。
首に臍帯が巻き付いている。それを先生がほどくと、赤ちゃんは産声を上げた。女の子であることをこの目で確認する。
「産んだよ、産んだよ。」と喜ぶ妻。妻のお腹に赤ちゃんを載せて写真撮影。
それから看護士さんによって、赤ちゃんは隣室で計りに載せられた。3445g。沐浴。分娩室から先生と妻との会話が聞こえる。切開した会陰の縫合が行われているらしい。
12時前、僕はうちに帰り昼食を摂り、お義母さんと長女を連れ産院へ。
15時過ぎには再びうちに帰り夕食。長女の風呂はお義母さんに任せて、18時前には産院へ。

昨日の朝心音が弱いと言われたのは、普通なら帝王切開になる事態だったと看護士さんから聞かされたという話を聞き驚く。
看護士さんがずっとモニターを見つめていた理由がわかった。心臓が止まってしまう恐れがあったのだ。自然分娩を選んだのは、先生の「賭け」だったのだろう。



6月6日(日) 晴れ
入院してから毎日僕は産院に泊まっている。
今日は退院なので、仕事は休みにしてもらった。昨日まで二女は新生児室に預かってもらっていたが、昨夜から同室。
新生児は3時間おきにミルクを飲む。ところが、二女はミルクを飲んで2時間も経たないのに泣き出す。おまけに妻は、会陰切開の傷が痛いと悲鳴をあげる。ほとんど寝てない。
朝7時に荷物を引き上げるため、一旦帰宅して10時に戻る。妻の痛みは会陰ではなく痔だったらしい。
「私もあなた産んだ時なったんよ」というボラギノールのCMを思い出す。
11時退院。13時親父来る。
二女、昼間はあまり泣かない。泣くと長女ももらい泣きする。


6月8日(火) 曇
朝食後バスで杉並区役所へ。出生届け。
僕は、役所で書類に向かうと緊張して覚えているはずの事を間違えたりする。
今回も住所を1カ所間違えて、訂正印を押した。


ECD

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