5月16日に開催されたカンファレンスイベント 「PUBLIC/IMAGE.METHOD」。「Public-image.org」では、カンファレンスで行われた5つのセッションのダイジェストを、5回に分けてお届けします。
第1回目となる今回は、「機動戦士ガンダム」の監督として知られる富野由悠季と、世界的なインタラクティブデザイナー中村勇吾による、異色ともいえるスペシャルセッション。緊張のあまり対談前に飲まずにいられなかったという中村と、歯に衣着せぬ語り口で観客に喝を入れ続けた富野。「動く絵」としての映像とその可能性、制作環境の変遷とそれが生んだ影響、さらにはプロのクリエイターとしてのあり方まで、緊張感みなぎる空気の中での対談となった。
Text:笠原桐子
Photo:竹林省悟

(左)中村勇吾氏、(右)富野由悠季氏
中村:僕は、「ガンダム」というより、『教えてください。富野です』という本を通じて富野さんのファンになったんです。自分が映像とかアニメーションというものを作ることになった時、「これまでにない何かを見つけるしかない」と思って作ってきたものを、富野さんから面白がって頂いたのは嬉しかったですね。
富野:ネット上のインターフェースに関わることを意識するようになって、中村さんが映像、動く絵について、かなり冷静に考えている視点を見ることができました。それで僕は東映アニメーション研究所の講義で、中村勇吾さんの名前を出して説明するようなことをしたんです。アニメ、実写に関わらず、映画的なものを表現する時に、とても有効な新しいセンスというものを感じられたので。
中村:今のWebに見られる動きは10年前ぐらいから始まったんですけど、富野さんが虫プロにいらっしゃったテレビアニメの創世記に、ちょっと似てるような気がしています。まだこれが面白いかどうかもわからないし、世の中で役に立つのか誰も結論を出していないけど、何かグニャグニャと始まってきている。
富野:今はいろんなソフトウェアが出ていて、技術的にも環境にも勢いがありますね。ただ、そういう環境があるために、これで何とかできると思っている人たちが、40~50年前のテレビマンガ製作に集まっていた人の何千倍も多い。過当競争の中にいるという意味では、みなさんは本当に気の毒だなと思っています。
中村:僕も本当に自分で気の毒だなと思います(笑)。

富野:パソコンは、いまや家庭で一台を通り越して、携帯は一人で2、3台持っている状態ですから、みなさんが与えられている出口というのも、40~50年前に比べたら何億倍という数なんですよ。そりゃ人数も増えますよ。
中村:過当競争の中でも、強い作品には強いメソッドがあります。強いメソッドというのは、誰も見つけていなかったところを掘り起こしたようなものだと思うんですが、それは共有されやすいという矛盾があるんですよね。
富野:気づかれて(共有されて)当たり前でしょ。作り手で才能のある人はそんなにいませんよ。ツールが便利になってしまったために、あまりにも素人が参入しすぎていて、自分にも作れるとか、ひとりでアニメーションが作れるんだという考えが広まってしまっています。
中村:本当はツールを超えた作り方をしなきゃいけない。だんだんそれがなくなって、ツールが肥大化してしまっているんですよね。
富野:パソコン上で作画する時に、便利な機能を使うに越したことはない。効率論だけではなくて、新しい表現上の可能性も出てくるだろうとは思っています。でも、ツールのクセに引っ張られて、同じ人が描いている絵に見えてしまうんです。絵心のない人がどんなにディテールアップした絵を描いても、それは絵ではない!

中村:さっき、出口は無限にあるという話がありましたが、僕はもっといろんな出口をいろんな場所に置きたいなと。例えば、インテリアデザインとしての動画もあるかなと思っています。もちろん物語はまったくなく、グラフィックデザインの延長みたいなやり方が、可能性あるかなと思っています。
富野:それが映像の持ってる性能の一番原理的なことなんですよ。誰にでも見てもらえる、誰が見てもわかるということ。パソコン上の映像は、個人として見すぎるために、送り手側がかなり好き勝手やっているようにみえることが、なきにしもあらずです。とは言いながらも、特にこの1年半くらい、個人サイトのカラーリングは相対的に変わってきましたよね。
中村:具体的にどんな感じに変わりました?
富野:明らかに色の使い方が違う。私のサイトだから、私の好きな表紙を作ればいいというほど簡単なものではないのだと、用心し始めている発信者の姿が見えます。個人サイトにも配慮が見られるようになってきたことを考えると、それほど悲観したものでもない。
中村:これだけみんながWebで繋がって、やり取りをし始めると、よくわからない公共性みたいなものが内面化してくる。そういう中で、発信者的に見られている人のアベレージは上がっていると思います。
富野:さっきと矛盾するかもしれませんが、「私」が発信するものであったら、「私」の色が出ているものでなければいけない。アマチュアが寄ってたかって作っていると、いつの間にか同じような型ができるんです。プロはそこで、もう一枚、私的なものという言い方ではなく、本当の意味での個性、作為、新しいサムシングを提供し、創り出していかなければいけない。それがクリエイターなんです。では、絶えず目標値に向かって自分を作り上げていくためにはどうしたらいいですか? これが僕にはわからない。

中村:少し話が逸れるかもしれませんが、僕の好きな言葉で、建築家の内藤廣さんの「素形(そけい)」というのがあります。要約すると、「周囲の制約に従い続けることで、素朴な「私」の形が見えてくる」みたいなことを言っているんです。いろんな制約条件の中で、それを全部クリアしながらも、突き詰めるからこそどうしても個人が出ちゃうというところが、スゴく正直だなと感じますね。
富野:その話は一番根本的なことだと思います。僕流の言い方をすると、動く絵の性能というのは何なのかということを、きちんと自分の中で認識してほしいということです。根本にある、映像作品としての物語というものをきちんと定義していれば、あとはその時のオーダーに対して応えられる自分というものを提出することができるのではないかと思っています。自分の趣味に従わず、映像の原則をきちんと踏まえていると、その時々の状況に対して応えられるクリエイターなり、アーティストなりの資質を育てられるということです。
あ、一番大事なことを聞き忘れてた。インターフェースというのはどういうことか説明していただきたいな。
中村:インターフェースというのは界面、つまり、水と空気、油と水など、異なる質の間に現れる面というのが語源です。僕はいろんな局面のインターフェースの仕事をしているという認識なんですね。もちろんコンピューターのインターフェースも作るし、デザイナーという仕事としてはクライアント企業とユーザーの間とか、ビジネスと表現とか、異なるところをどう結びつけるか。コンピューターの場合はプログラミングをしますが、社会的プログラミングみたいなものもある。そういう仕事がもっとできたらいいなと思っています。
富野:僕にとって、動画を製作するのに一番大事な認識すべきことが、社会的な問題をプログラミングすることだと思っています。世の中の事象に対して、クライアントの要求を聞いて、億劫がらずに表現としてどう達成したらいいのかという認識を持つべきなんじゃないかと。20歳を過ぎたら自己啓発して、確固たる私というものを持った上で、インターフェースの底にあるのはどういうものなのか、何をインターフェース上に浮上させたらいいのか考えることを、自覚的にやっていかなくちゃいけないと思っています。目的地を持たないと、漫然と技術の切り売りで終わるのが現場のスタッフなんですよ。自己啓発が継続的に求められるのがこの職業なんだということです。


Artist Profile富野由悠季1941年小田原市生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業後、虫プロダクションに入社。TVアニメ『鉄腕アトム』などの演出を経て、フリーに。絵コンテ、演出として、日本の様々なアニメーション作品を手掛ける。主な監督作品は、『海のトリトン』『機動戦士ガンダム』『伝説巨神イデオン』『聖戦士ダンバイン』ほか。また、作詞家、小説家、大学教授でもある。『月刊ガンダムエース』(角川書店)にて、対談企画「教えてください。富野です」を連載中。

中村勇吾1970年奈良県生まれ。Webデザイナー/インターフェースデザイナー/映像ディレクター。東京大学大学院工学部卒業。多摩美術大学客員教授。1998年よりインタラクティブデザインの分野に携わる。2004年にデザインスタジオ「tha ltd.」を設立。以後、数多くのWebサイトや映像のアートディレクション、デザイン、プログラミングの分野で横断/縦断的に活動を続けている。主な受賞に、カンヌ国際広告賞グランプリ、東京インタラクティブアワードグランプリ、TDC賞グランプリ、毎日デザイン賞など。
http://tha.jp/
http://yugop.com/













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