NEWなタイプばかり称揚し、提灯(ちょうちん)記事で消費を煽り、プロモ期間を終えるや否や、”過ぎたるはお呼ばざるが如し”なのがメディアの常。
「NEWなタイプは消費の道具じゃない!」ーーOLDハイプの欺瞞を糾弾しつつ、自らもまたハイプである葛藤に奥歯を噛む。
魂をメディアに縛られた人々へ。電波、紙に載らない本音の論評をもって我らがリテラシーの革新に挑む、NEWハイプ専用コラム連載。

京都府と大阪府の境界、古くは”京の入り口”と呼ばれた要衝、大山崎。ここに位置する『アサヒビール 大山崎山荘美術館』で3月まで開催されていた、『さて、大山崎〜山口晃展』。その図録『山口晃 さて、大山崎』(光村推古書院)の表紙を見て、むむむと唸った。
表紙の帯にあしらわれているのは、武将らしき人物たちの食事風景を描いた『最後の晩餐』という作品の一部分。1人の陣羽織の背には、「常盤居間」の文字。
“常盤居間”=”ときはいま”。
大山崎で、時は今ーー明智光秀が本能寺の変の直前に詠んだ連歌の発句「時は今 雨が下しる 五月哉」は、”時”を”土岐”、”雨”を”天”と読み替えることによって、「土岐源氏の末裔たる自分が、天下に号令する」、つまり織田信長への謀反の意思表明だったという話がまず一つ。
次に、その光秀が信長を討った後、羽柴秀吉の軍勢と激戦を繰り広げた場所がこの大山崎であり、その際、「この山を制した者が天下を取る」と言われた山こそ、命運の分かれ道という意味で使われる「天王山」だった、という話。
さらに、同じくこの表紙帯に、かの千利休の末裔にして武者小路千家の若き家元、千宗屋がコメントを寄せ、「天下分け目の『スグレもの』」と大書してある。
まさに寓意の連鎖、点と線がつながってアハ! おほほほほ。
……と、独りにやにやしたかと思うと気分暗転、頭を抱えて猛省した。
ごくわずか一瞬とはいえ、かかる大ネタで「わかった」と悦に入るとはなんたる木登り豚か。思うツボ。ドツボ。
そもそも山口晃は、”現代の大和絵師”と称される画家である。
書画をはじめ、日本が古来受け継いできた諸々の文化は、まさに縦横無尽に織り込まれた寓意の結晶。だからこそ、教養があればあるほど無限に味の滲み出るスルメイカ(aka. 無限カミカミ)の如く楽しめるのだ。
それをば、作品図録の表層も表層、帯の売り言葉でにやつくとは、先が思いやられる。
だいたい自分、先の光秀の逸話にしてもごく最近、漫画『へうげもの』(週刊『モーニング』/講談社にて連載中)で知ったのだ。


(左)山田芳裕『へうげもの』最新集八服(講談社)、(右)京都四条・たち吉本店B1F+B2Fにて4/29〜5/12に開催される『へうげもの展 at TACHIKICHI』のフライヤー。詳しくは、期間限定・たち吉『へうげもの展』ブログまで
しかしどうあれ、ある表現に込められた寓意を見抜き、その連鎖をたどるという快楽を気付かせてくれたこと、これは無教養な自分にとってたいへんありがたいことで、そもそも『へうげもの』自体、主人公にあらせられる古田織部正が茶聖人・千利休を業をもって超えんとし、七転八倒・喜悦放屁する様を読者に追体験させつつ、安土桃山カルチャー大爆発の伏線を絡めてエンターテインしまくる仕組みなのだから、まさに読者を”褒めて伸ばす”漫画。その学習効果たるや、推して知るべしである。
そして重要なのは、それら表現を通じて得た知識は、新たな創造的表現へとつながっていく、ということだ。
先の山口晃も然り。『へうげもの』にしても、これに触発された若手陶芸家たちが、自発的に作陶ユニット”へうげ十作”を結成、新なる陶芸文化創出を掲げて狼煙を上げ、展覧会を開催するなどしている。
つまりその意味で、あらゆる表現や文化・伝統は、往々にしてそう思われているような、暇人の趣味的なものや単なるうんちくではなく、ずばり”メディア”なのである。
メディアであるからこそ、それは触れる者の未来や生きる目的自体を変える力を放ち、ますます含蓄を深めながら、後世へと大事に受け継がれていく。
メディアであるからこそ、そこに込められた寓意を読み解き、自分なりの創意へとひねり返す(=”クリエイティブ合気道”?)行為は、市井のリテラシーを高め、抑圧的な政治や搾取システムに対する知的な抑止力として機能する。
こうした文化の重要性は昔の人にはごく自明のことだったはずで、だからこそ、寓意を用いた高度な遊びが、市井の人々にも自然に嗜まれていた、ともいえる。
だのになぜ、今という時代はこのメディア的作用が機能不全に陥ってしまったのか。
端的にいえば、マスコミや雑誌などが”一般”と名付けたリテラシーの仮想レベルを予め設定し、寓意を読み解かずとも済むような、”わかりやすい”コンテンツばかりを垂れ流してきたこと。
その結果を象徴しているのが、このところの世界経済危機後に横溢する、文化活動を生殺与奪と関係のない”余剰活動”だとあげつらい、無駄だ、即物的なものに”エコ替え”しろと、”正義”を振りかざす言説の数々。
まさに、物質資源に乏しい我が国土の行く末を考えれば視野狭窄、真綿で首、もはや国家レベルの文化版”ハケン切り”的発想といえる。

webサイト「Forever Esquire『エスクァイア日本版』を復刊させよう!」のために制作されたロゴマーク。(c)nakaban
例えば、近頃の雑誌休刊ラッシュ、単体では黒字業績を維持していながら、親会社のコンビニ的”カルチャー系ライフスタイル提案企業”から「役目を終えた」との理由で休刊決定された雑誌。
その雑誌に代わる”ライフスタイル提案”が実践されていれば話は別だが、それがいかなる”カルチャーのコンビニ化”の計画下に行われたのか、名ばかりとはこのことだ。
そこで考えなければならないのは、今なすべきことは何か、ということだろう。
「こんなにも愛顧されている素敵な文化なのに、だから、文化をなくしてはいけません!」
という、その気持ちはもちろん大事だが、それだけでは駄目。
ファン心理の吐露に終始していては、そもそも文化的論理から離れたところにいる人間の心は動かせまい。
復刊呼び掛けサイト立ち上げという志あるアクションがなされた今、その行為に少なからず心動かされた者であればこそ、
「なぜ人間には文化行為が必要なのか」
そのうえで、
「文化と経済活動との両立をいかにして図っていくか」
ということを、これまでは”受け手”に甘んじていた我々一人一人が、じつは文化メディアの媒介者であることを認識しながら、深く突き詰めて考えていくべきではないか。

「(売れない)芸者さんの1日」と題した当て振りを演じる、幇間(太鼓持ち)の桜川七好氏(浅草見番所属)
……というようなことを言いたいんだけど。
思い悩み、机上で化石化しているうちに文意が錯綜&混迷を極め長大化、どうして尻をからげてくれようかと葛藤していたところ、日本に4人しか残っていないという幇間(ほうかん)の1人、桜川七好さんのお座敷芸を見る幸運に恵まれた。
幇間とは別名「太鼓持ち」。芸者とともに宴席において小噺や芸を披露して場を盛り上げる職業のこと。
まさにその道のプロとあって、浅薄者の自分にも優しく楽しく、七色に繰り広げられる世相漫談、手踊り、1人芝居の屏風芸などに抱腹したのち、
「むかしは社長さん方や、政治家の先生たちの勉強会といえばお呼びいただいていたんですが、近頃じゃ完全に”無駄づかい”扱い。世の中の状況もわかるけれど、粋な遊びを楽しむ心意気はなくなってほしくないですね」
とのお話をうかがい、
煮こごっていた駄文の結びはこれだ! と、脳内に雷鳴が鳴り響いて1人勝手に興奮した。
しかし悲しいのは教養のない身。
歌舞伎ネタやかっぽれなど、さまざまの文化的寓意に彩られた七好さんの芸の滋味深さ、洒脱さを前に、「元ネタを知っていればいるほど、輪を掛けて楽しめるのだろうな」と、自身の尻色を青々と痛感した。
先に、日本の文化を無限に味の滲み出るスルメイカに例えたが、自分はまだ一口めを甘噛みした程度、にもかかわらず笑いが止まらず、挙げ句の果てに雷鳴が鳴り響いているのだから、そこから先なんてまさに”お楽しみ”、連綿たる寓意の連鎖があるわけで、これはもう、幽玄なるオトナの世界である。
『へうげもの』でも、天下一の数奇者を目指す主人公・古田織部は、宗匠たる千利休に
「あなたはまだ童(わらべ)なのです」
「己をもっと見つめ直しなされ」
と喝破され、そこに人生を賭して向き合い続けた結果、”お楽しみ”を究めた希代の剽軽者(ひょうげもの)として大成していく。
“クリエイティブ”だかんだと体のいい言葉で称揚されるあまり、己のケツ色を自覚せず、わかりやすく自分を”認めてくれる”目先の快楽や商品に突き動かされ、”消費者”として搾取システムの奴隷に甘んじている若者たちよ、
時はまだ。
「”お楽しみ”は始まっちゃいないぜ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
と、深夜、この原稿を締めくくりつつ絶叫したところ、
さっきスルメを噛んで折れた前歯が口から飛び出ていきおい隣家の庭へと飛んでった。
イカすら噛めぬヤワさ加減。まさに青いぜ。
深沢慶太 Keita Fukasawa
フリーエディター。1974年生まれ。『STUDIO VOICE』編集部を経て、現在フリー。『Numéro TOKYO』(扶桑社)コントリビューティング・エディター。『AXIS』『デザインの現場』『NYLON JAPAN』など雑誌へのデザイン〜アート関連記事の寄稿、webや書籍の編集のほか、企業プロモーションや展覧会の企画構成などにも携わる。編集を手掛けた書籍に、篠原有司男3部作(美術出版社)、田名網敬一ペインティング集『DAYDREAM』(グラフィック社、編集者9名へのインタビュー集『記憶に残るブック&マガジン』(BNN新社)など。












