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YASUMASA MORIMURA Exhibition
Date: 3月11日〜5月9日
Location: 東京都写真美術館

80年代から一貫して、名画の登場人物や映画女優などに自らが扮する変身型セルフポートレイトによる写真作品を制作してきた森村泰昌による個展「なにものかへのレクイエム-戦場の頂上の芸術」がスタート。新作15点を含む「20世紀の男たち」に扮するシリーズ<なにものかへのレクイエム>全43作品が、4章構成で展示されている。

「InsideOut of Contexts」シンポジウム
Date: 2月27日(土)16:00~
Location: 横浜ZAIM 交流サロン

横浜ZAIMで行なわれている大山エンリコイサムと、荻野竜一の展覧会「InsideOut of Contexts」の関連シンポジウムが開催される。ゲストとして、オランダからグラフィティ・アーティストZEDZを招聘し、ヨーロッパのグラフィティを中心に現代美術やサブカルチャーなど様々な話題を横断的に展開予定。入場無料。

XLARGE “SLICK” LIVE PAINTING
Date: 2月25日 19時〜
Location: XLARGE原宿店 B1 スペース

ロサンゼルスを代表するグラフィティーアーティストSLICKが来日し、XLARGE原宿店にてライブペインティング開催。当日はXLARGEとSLICKのコラボレーションTシャツとイベントをサポートするアディダスとSLICKコラボレーションアイテムの展示、販売する。また、ライブペインティングの模様は、生中継で配信予定。詳細はこちらから。

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Public-Image.org/Column/ECD 9 月 26th, 2008
ECD + 植本一子 | 不整脈 | 「WE ARE ECD+1」Vol.10
ecd

8月のある日、僕は母の墓参りのためにいちこと一緒に本厚木の駅からバスに乗った。バスが出発してすぐにいちこはめまいを訴え、並んで座る僕のひざに上体を突っ伏した。

Text:ECD
Photo:植本一子




ECD

「しんどい…」
手も頬も血の気が引いて冷たい。いちこは以前から生理中などに外を歩いていると、貧血を起こしてしゃがみこむことがあった。しかし、この時の貧血はただごとではないように思われた。バスはまだ本厚木の繁華街を出ていない。行く先の霊園は山の中である。万一のことがあったらと考えると、人里から離れるのは危険だ。

「降りようか?」

「ううん、だいじょぶ。」

そう言っていちこは上体を起こした。いくらか楽になったようだった。しかし、10分も経たないうちに、また不調を訴える。バスはもう中心地を離れていた。

その後、いちこの貧血はなんとか持ち直し、無事に墓参りを済ませ家に帰り着くことができた。家に着いてすぐに布団に横になったいちこが言った。

「まじ、死ぬかと思った…」

それからは近所に買い物に出ただけでも貧血に見舞われるようになり、僕が一緒でないと怖くて外に出られないような事態になった。
定期検診で訪れたK産院で相談すると、脈を診たK先生は「不整脈があるみたいだから検査受けてらっしゃい」とすぐ近くにある内科のW医院に電話をして紹介状を書いてくれた。僕たちは産院を出るとその足で紹介されたW医院へ向かった。そこでいちこは診察の最中に貧血を起こし、急遽点滴を受けることになった。
翌日検査結果をもらいにW医院をひとりで訪れたいちこは、今度はW医院の先生からK先生に宛てられた手紙を預かって帰ってきた。そして、数日後その手紙を持ってまたいちこはK産院を訪ねた。

「妊娠が原因でなってる不整脈ならいいんだけど、そうじゃない場合はK先生のところで産めないかもしれないって。T女子医大病院でもう一度精密検査してもらわなきゃだめみたい」

4月から定期検診で毎月通っているK産院をいちこも僕も気に入っていた。初老の女医K先生とその助手、K先生と同じくらいの年齢の女性Yさんのふたりだけで切り盛りする古い一軒家で、時代から取り残されたような小さな産院だけれど、K先生とYさんとの息のあったユーモラスなやりとりは僕たちを安心させてくれた。若林にあるK産院へは代田橋からバス一本で行けたし、いよいよ、産気づいた時にはタクシーに乗って環七を直進すればいいだけだ。

T女子医大病院の教授への紹介状は僕がK産院に受け取りに行った。一緒にYさんからこれまでの診察費をまとめた領収書を手渡された。僕は思わず尋ねた。

「もう、ここでは診ていただけないんですか?」

K先生が答えた。

「そんなことはないけれど。」

ふたりともこころなしか寂しそうに見えた。T女子医大病院には次の週の木曜日に行くようにと指示された。

その当日、朝7時半に外来センターの入り口が開くのを待つ列に並んでから、産科心臓科とたらい回しにされ、やっと会計を済ませて外に出た時には、午後2時半を過ぎていた。その間ほとんどの時間は、待合室の前に設置された大きなモニターに診察の順番になったことを知らせるいちこの番号が点滅されるのを待つことだけに費やされた。さらにその日、からだに取り付けられた検査器具を外してもらうため、いちこは翌日もT女子医大病院を訪れなければならなかった。教授からは、検査の結果によってはやはりT女子医大病院で産むことになると言われたといちこは嘆いた。

「あんなとこで産むのは絶対いや。」

僕も同感だった。1週間後、検査結果を聞きにT女子医大病院に行ったいちこから結果を知らせるメールが届いた。

「問題NAS しかし、産科で1分話してK産院に手紙を書いてもらっただけで一万かかった 恐ろしや〜」

予定通りK産院での出産が許されたのだ。いちこはすぐにK産院へ電話で報告した。

「今K産院に電話したら、20日の午前中にきたらって。最後「じゃあね!」ってK先生言ってた」

K産院で貧血の不安を訴えてからもう3週間が経っていた。W医院での検査、診察、T女子医大病院での検査、診察。費用もかかっていた。いちこが言った。

「安心をお金で買ったってことだね。」

その通りだと僕も思った。いちこを苦しめたこの夏の酷い暑さもやっと一息ついたところだった。


ECD

植本一子

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