その日、仕事中だった僕が、携帯に届いたいちこにしては珍しく長文のメールに気づいたのは、送られてから一時間後のことだった。
Text:ECD
Photo:植本一子

「ついさっき11時頃、昼寝から猫の鳴き声で起きる。ネーネは側に、しかしターちゃん、ニーニが居ない。
見るとドアが開いている。大急ぎでドアから飛び出すと、外にニーニとターちゃんが! ドアを閉めて捕獲開始。ニーニ捕獲。しかしターちゃんが行ったり来たり大騒ぎ。仕方ないからニーニを部屋に戻そうとドアを開けようとすると鍵が閉まっている!!! なぜ!?(ちなみに私は毛糸のパンツにノーブラでTシャツ一枚、マスク)。
やばい!冷や汗!と、とりあえず3階の人に助けを求める。302、居ない。301、居ない、あ、居た! 若い男性(の二人暮らし)。とりあえず不動産屋に電話してもらう。鍵は大家さんが持つのみとのこと。大家さんに電話。しかし、17時まで病院に行っていて居ないとのこと。今取りに来れるかと聞かれるが…(ちなみに私は毛糸のパンツにノーブラでTシャツ一枚、マスク)。しょうがないから鍵屋さんを呼んでもらう事に(ちなみに私は毛糸のパンツにノーブラでTシャツ一枚、マスク。そしてニーニを持っている)。
5階の物陰に隠れているターちゃんが心配でならない。鍵屋さんは30分ほどで来てくれることに。12600円、金額なんてどうでもいい!早く鍵を! とりあえずニーニを301のお風呂場にかくまってもらい、ターちゃんの保護に走る。なんとかターちゃん保護(自分すげえって思った)。ターちゃんとニーニを風呂場にかくまってもらう。麦茶など出される(ちなみに私は毛糸のパンツにノーブラでTシャツ一枚、マスク)。「すいません」を連呼、私。
猫達と共に風呂場で鍵屋を待つ妊婦(ちなみに私は毛糸のパンツにノーブラでTシャツ一枚、マスク)。「ごめんねごめんね」を猫に連呼、約30分後、鍵屋到着。5分ほど鍵開けに格闘、結果スパナみたいなのでこじ開ける。そして12600円払う(その前にズボンをはいた)。免許証のコピーなど取られる。ニーニとターちゃんを部屋に移動(ターちゃん大暴れ、私は腕に穴が開きました)。また301に戻り、後日、旦那とまた挨拶に来ると約束、本当にお世話になりました。そんでもってつい今1分前、ニーニどうやらタンスから落ちて足をひねったかした模様。びっこを引いている。厄日。早く帰って来てください」
ちなみにニーニとネーネは先月もらって来た子猫の名前である。ニーニが雄、ネーネが雌、キョウダイなのでニーちゃんとネーちゃんという安易な命名である。
メールを読み進めながら、僕は、大きなお腹で階段を行ったり来たりするいちこの姿を想像し、足を踏み外したりしてはいないかと考えると目の前が真っ暗になった。動悸が激しくなるのがわかる。朝家を出る時、鍵はしっかり閉めたはずだった。
どうしてドアが開いてしまったのか? ドアは鍵を使わなくてもノブのボタンを押して閉めれば鍵がかかるタイプだ。ドアを閉めながら布団の上で上体を起こしたいちこに手を振ったのをはっきり思い出せる。開けっ放しで出てきたということはありえない。そのあとの閉め方が甘かったのか? そんなことはないと思いたいのだが、いちこはそのまま寝てしまったのだからドアが開いていたのは僕がちゃんと閉めていなかったせい以外に考えられない。
自分が留守にしている間に家でなにかが起こり、外にいてすぐには帰れない自分をもどかしく思う、なんてことを僕はこれまで一度も体験したことがなかった。一人暮らしを始めてからは当たり前としても、実家に住んでいた頃も出かけた先で家のことを、ひとりで家にいる母親のことを心配したことなど一度もなかった。僕は家族の一員だったことはあるけれど、家庭を持った事はないのだった。
これからは違う。僕は家庭を持ったのだ。そんな当たり前のことを思い知る。ついこのあいだまでは、人に心配かけるだけかけて平気でいたのに最近は気がつくと自分が心配する側になっている。幸いお腹の赤ん坊は順調に育っているようで心配ないのだけど、8ヶ月に入って後期つわりだとかでいちこが体の不調を訴えることがまた増えた。おまけにこの暑さ。部屋は構造上エアコンがつけられない。暑さで目覚めたある朝、いちこは「もう一部屋借りてそっちに住む。もう無理!」と真顔でいうのだった。
Posted by:ECD
60年生まれ。ラッパー。本名石田義則。ファイナルジャンキー主催。 96年に、日比谷野外音楽堂で開催された伝説的なHIPHOPイベント「さんぴんCAMP」を主催したジャパニーズヒップホップのオリジネーター。アルコール中毒に悩まされた時期もあったが、今では立ち直り警備員をしながら音楽活動を続けている。『ECDIARY』(レディメイド・インターナショナル)『失点イン・ザ・パーク』(太田出版)などの文筆活動を始め、音楽活動以外でもその才能を発揮している。
植本一子
84年広島県生まれ。写真家。02年、高校生の生活フォトコンテスト受賞。03年、日本写真芸術専門学校在学中に、キャノン写真新世紀で、審査員の荒木経惟氏らから賞賛を受け、優秀賞を受賞する。現在はフリーランスで活動中。













