5月に入ってから見つかった笹塚の物件を気に入ったいちこは、すぐに申し込みを決めた。「ペット応相談」という条件だったので、いちこは猫が3匹いると正直に先方に伝えた。ところが、すぐに返事がきて「一匹までしか許可できない」と入居を断られてしまった。いちこは「なんでバカ正直に言っちゃったんだろう」と悔しがった。僕は「そうだよ、どうせもうプーちゃんは死んじゃうんだし」と、一度は口に出しかけた言葉を飲み込んで別の言葉を探した。
Text:ECD
Photo:植本一子

そもそも引っ越しを急いでいるのは、今のいちこの部屋の契約が5月いっぱいで切れるという事情もあるが、プーちゃんのためでもあった。
僕はいちこと暮らすようになってから、下北の自分の部屋へは朝と夜の2回、餌を与えに行くだけになっていた。元気な頃ならともかく、癌に侵されたプーちゃんは日に日に弱っていく。いずれ点滴も毎日しなければならなくなる。それまでにはどうしてもプーちゃんと一緒に住める部屋に移らなければならなかった。
下北の部屋はゴミ屋敷同然だった半年前と比べれば、いくらかましになってはいたが染み付いた臭気は消えなかった。妊婦が暮らせる環境にはほど遠いのだ。
部屋探しについて、すべていちこにまかせきりだった。いちこは不動産屋でバイトしていたことがあって事情に明るかったし、親身に相談に乗ってくれる不動産屋のスタッフ新堀さんという強い味方もいた。
僕はここ最近、特に日中自由になる時間が少なく、5月に入ってからは10日を過ぎても休みがなく、毎日仕事場でいちこからメールで状況の報告を受けるだけの日々が続いていた。
しかし、契約が切れる5月末日は刻一刻と迫っていた。
「大家さんにも悪いから、もし期限までに見つからなかったら、石田さんちにとりあえず荷物動かして部屋を引き払って、私はひとんち転々とするよ。」
突然そんなメールがあったのは、笹塚の物件を断られた翌日の昼前のことだった。僕はすぐに電話で「契約更新してゆっくり探した方がいいよ」と説得したが、いちこは「いやだ、もったいない!」と拒んだ。
その日の午後、いちこは新堀さんにアドバイスを求めながらネットで物件を探し、同時に大家さんとは部屋の明け渡しをいつまで待ってもらえるのか交渉した。仕事場の僕にも30分おきにメールで逐一報告が届いた。
「明け渡しは6月5日まで延ばしてもらうことになったよ」
「笹塚の昨日のも、2匹を実家に預けるとか言えばなんとかなるみたいだけど…」
「松原にいい物件一件出た!」
まだ、中は見れないというその物件をいちこは外見だけでも見ようと、翌日現地に向かった。
「古い!やっぱり中を見れないのは心配。あと、音が響きそう。私は笹塚に決めたらいいかなって、正直」
結局、改めて笹塚に申し込むことになり、審査の結果を待つことになった。個人ではなく会社の持ち物だというその物件の審査は厳しそうだということだった。場合によっては、2人の24歳という年齢差が問題になるかもしれないという話まで出た。僕は勤め先の社長に、自分の年収を実際よりも多く申込書に記載したことを打ち明け、管理会社からの問い合わせに口裏を合わせてくれるよう頼んだ。
週が明けた月曜日、審査の結果は予定の木曜日より3日も早く伝えられることになった。
「審査落ちた…。ていうか同時に申し込みした人がいて、そっちになったってさ」
しかし、いちこはひるまなかった。
「今から代田橋一件見てくる。」
そうメールが入ったのが午後5時過ぎ。7時過ぎには電話があって、その代田橋の物件に決めたといちこは弾んだ声で伝えた。
代田橋4分の3DK、エアコンなし、エレベーターなしの4階、築44年で家賃は11万。審査はそれほどキツくなさそうだという。
Posted by:ECD
60年生まれ。ラッパー。本名石田義則。ファイナルジャンキー主催。 96年に、日比谷野外音楽堂で開催された伝説的なHIPHOPイベント「さんぴんCAMP」を主催したジャパニーズヒップホップのオリジネーター。アルコール中毒に悩まされた時期もあったが、今では立ち直り警備員をしながら音楽活動を続けている。『ECDIARY』(レディメイド・インターナショナル)『失点イン・ザ・パーク』(太田出版)などの文筆活動を始め、音楽活動以外でもその才能を発揮している。
植本一子
84年広島県生まれ。写真家。02年、高校生の生活フォトコンテスト受賞。03年、日本写真芸術専門学校在学中に、キャノン写真新世紀で、審査員の荒木経惟氏らから賞賛を受け、優秀賞を受賞する。現在はフリーランスで活動中。













