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KARL HYDE Solo Exhibition
Date: 8月25日〜9月15日
Location: ラフォーレミュージアム原宿

アンダーワールドのメンバーであり、クリエイティブ集団tomatoの一員としても活動するカール・ハイドによる世界初のソロ・ペインティング・エキシビションKARL HYDE“What’s going on in your Head when you’re Dancing?”が開催中。2メートル以上に及ぶ大作も含めた約90点のペインティング作品を展示するほか、創作ノートや制作のプロセスを収めた映像作品なども公開される。

SUGA DAIRO 7 DAYS BUTTLE
Date: 9月3日~9月9日
Location: 荻窪velvetsun

フリージャズピアニスト・スガダイローが7組のミュージシャンたちと即興演奏対決を行うイベント『スガダイロー七夜連続七番勝負』が開催される。出演者は松下敦(ZAZEN BOYS)U-Zhaan山本達久七尾旅人など。

第3回グラフィック「1_WALL」展
Date: 8月23日~ 9月16日
Location: ガーディアン・ガーデン

一次審査(ポートフォリオ審査)と二次審査(ポートフォリレビュー)を通過した6名が、個展開催の権利をかけて作品を発表する、第3回グラフィック「1_WALL」展を開催中。会期中の9月2日には、グランプリを決定する最終公開審査が行われる。

文化庁メディア芸術祭2010

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Public-Image.org/Column/ECD 4 月 18th, 2008
ECD + 植本一子 | 進展 | 「WE ARE ECD+1」Vol.5
ecd

Text:ECD
Photo:植本一子

いちこが妊娠した。
この連載がアップされる頃には、もう安定期に入っている。
報告を受けたのは3月4日のことだった。
生理が遅れていたいちこがその日、市販の妊娠検査薬で調べてみたところ陽性だったのだ。
次の日、病院に行ったいちこから連絡があった。

ECD

「5週目だって」
そういうわけで4月の1日、2日と珍しく取れた連休を利用して、僕はいちこの案内でいちこの実家へ行くことにした。それまで、結婚に反対されているからといって、電話の一本も手紙の一通も、とにかく直接何の挨拶もしてこなかった僕が、妊娠という一大事を電話や手紙で済ませるわけにはいかない。そう考えて、多少報告が遅れたとしても、とにかく顔を見せて挨拶しなければ、と決めたことだった。
しかし、いちこは両親に黙っていることに耐えられなかった。
3月20日、僕はライブのため京都にいた。リハーサルが終わってホテルにチェックインしようと京都の繁華街を歩いていると、いちこから携帯に電話がかかってきた。

「お母さんに妊娠したこと話したよ」

ちょうどその時、大通りを何かのデモ隊が通りかかっていて、いちこの声は騒音でかき消されてしまい、その後はよく聞き取れなかった。僕は一度電話を切って、ホテルの部屋からかけ直した。いちこがいきなり実家に行ったりして、家族に腰でも抜かされやしないかと真剣に心配していた。つわりがきついのも両親に内緒にしていることがストレスになっているからではないかと考え、つわりが最高にきつかったこの日、自分から電話して妊娠を打ち明けたということだった。
いちこの母は、僕が広島へ行くことも正月の時のように拒むことはなかったし、産むことに反対もしなかったけれど、ただ「裏切られた」といちこに言ったということだった。
行ってみるまではどうなるかわからない。とにかく行くしかない、と僕は新幹線のチケットを取った。

それから10日間、僕はいちこの両親に会って何と言ったらいいのか、いくら考えても考えがまとまらなかった。
「心配おかけしてます」
そのひとことだけ最初に言おう。そう決めたのは広島へ行く前の晩のことだった。

品川を12:30に出発した新幹線で4時間、広島駅から在来線で30分ほどのとある駅で、僕たちは仕事帰りに車で迎えに来てくれるといういちこの父を待った。
「あ、あれ」
と、いちこが近づいてきた白い小型車を指差した。駅舎の下の駐車スペースに停まった車から現れたお父さんに、僕は頭を下げた。
「石田です。御心配おかけしてます」

山を越えて田んぼの真ん中を進む車中、何かと気をつかって話しかけてくれるのはお父さんの方だった。僕はまだ会っていないお母さんにどんな顔をされるのか気が気でなく、お父さんの気遣いをよそに、家が近づくにしたがって緊張を高めていた。
そのお母さんは車が到着するのを家の外に出て待っていた。
「石田です。御心配おかけしてます」
さっきと全く同じ挨拶を僕は繰り返した。
それから家の中に案内されて、おじいさんおばあさんに挨拶をして、すぐに食事の席に着いた。和やかに進む食事の際中、話題はいちこが保険証をなくしたせいで、まだ母子手帳をもらっていないということに及んだ。そこでお母さんが核心に迫った。

「それで、いちこを扶養家族にしてくれるんよね」

「あ、はい。その、許していただけるんですか?」

「許すもなにも、事実が事実じゃけん」

困ったような言い方ではあるけれど、実はうれしそうなお母さんの表情を見て、僕は初めてそれまでの緊張が解けて、自分の顔がほころぶのがわかった。
普通の大人がするであろう形式的な挨拶らしい挨拶を僕は何ひとつできなかったけれど、いちこの両親もそんなことにはこだわっていないように思えた。
それは結局「甘えてる」ということなのかもしれないけれど。



ECD

植本一子




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